年明け早々、プロ野球は各球団で新人合同自主トレーニングが始まった。既存選手も国内外でのトレーニングを開始しており、徐々にシーズン到来の足音が近づいてきている。一方、その裏ではプロの世界を後にし、第2の人生を歩もうとしている者もいる。いわゆる現役引退後の「セカンドキャリア」だ。しかし、引退後の道はそう簡単に切り拓けるものではない。誰もが皆、不安を抱えている。そんな中、日本プロ野球機構(NPB)、選手会と提携し、セカンドキャリアをサポートする事業を始めた元プロ野球選手がいる。川口寛人、27歳。昨年、株式会社道とん堀事業本部(東京都福生市)に「アスリートセカンドキャリアサポート」(ASS)を立ち上げた。
 戦力外から1年、NPBとの事業提携

「70%」――2011年10月、NPBセカンドキャリアサポートが宮崎で開催されたフェニックスリーグで、当時の現役選手にアンケートを行なったところ、驚くべき数字が浮かび上がった。「現役引退後の生活に不安をもっている」という質問に「はい」と答えた選手が、7割いたのだ。生き馬の目を抜く熾烈な競争社会であるプロの世界。メディアで報道されているような華やかさは、ほんの一部である。引退後の生活を考えると戦々恐々としているのが実情である。

 10年秋のドラフト会議で巨人から育成7位で指名され、翌年に入団した川口。だが、肩の故障などもあり、1年目に結果を残すことはできなかった。その年のオフ、「来季こそは」と思っていた矢先、球団から解雇を告げられた。わずか1年でクビになった現実を受け止めることができず、川口は自暴自棄になったという。そんな彼を救ってくれたのが、プロ入り前に勤めていた道とん堀の島美夫専務取締役だ。川口のプロとしての成功を最も応援してくれていたひとりだった。島専務は川口を道とん堀の正社員として迎え入れてくれたのだ。

 こうして川口は幸運にも解雇後、すぐに働き口を見つけることができた。だが、なかなか第2の人生のスタートを切ることができずに悩んでいる元プロ野球選手は少なくない。NPBでは07年から「セカンドキャリアサポート」を立ち上げ、キャリアサポートマガジンを発行するなど、現役引退後についての情報を提供してきた。だが、選手たちにその存在はあまり知られておらず、十分なサポート体制がしかれてきたとは言い難い。そこで白羽の矢が立ったのが、川口だった。
「実は、NPBに道とん堀のオーナーになる道を紹介しに行ったのがきっかけだったんです。いろいろと話をしていく中で、逆にNPBの方からセカンドキャリアのサポートをしてほしいと。そこでNPBと選手会と提携し、ASSを立ち上げました」

 全国に280のお好み焼き店と43のラーメン店を展開している「道とん堀」。同社のフランチャイズ事業のノウハウをいかしたサポートができないかと、川口は考えたのである。
「現役を引退した選手には、飲食をはじめ、自分のお店を出したい、という人は多い。そこで、経営者になるための手助けをしたいと思ったんです」

 手厚いサポートで選手の不安解消へ

 これまでにも元プロ野球選手がセカンドキャリアとして店の経営にチャレンジすることは少なくなかった。だが、一軍で活躍し、世間に名が通っている選手でも、決して成功率は高くはない。数年で閉店に追い込まれることも稀ではないという。一から経営について勉強し、店を構えるというのは、そう簡単なことではないのだ。

 しかし、ASSでなら基礎から必要なノウハウを学ぶことができ、物件選びから商品・メニューの開発、融資に至るまで、専門企業によるサポートを受けることができる。さまざまな飲食店のほか、整体や美容関係の出店が可能だ。選手の希望を聞き入れながら、長期的に経営することができる業態・業種を紹介するという。
「フランチャイズビジネスは、一から開業するのと比べて、非常にリスクが小さい。また、店舗の数を増やすこともできるので、やりがいが感じられるはずです」

 また、独立で開業を希望する選手にも相談に応じる。
「今、どんな業態が人気があるのか、どの地域の物件がいいのかということは、個人ではなかなか判断が難しい。しかし、ASSでは、きちんとリサーチしたうえでの情報を提供することができます。引退後、何かを始めたいという選手にはぜひ一度、連絡をしてきてほしいですね」

 では、なぜ川口はこうした事業を始めようとしたのか。その理由を、次のように語っている。
「一軍の選手でも引退後について、不安に思っている人は少なくないと思います。二軍や育成選手についてはほとんどと言っていいでしょう。僕自身、わずか1年でしたがプロ野球という世界にいた中で、選手が抱えている不安はひしひしと感じていました。もちろん、僕自身もそうでした。そうした不安を味わったからこそ、なんとかしてあげたいと思ったんです」

 現在は道とん堀事業本部の中の一事業だが、将来は選手、そして川口本人の為にもASSを独立した事業として確立させるように、と島専務も背中を押してくれているという。遅々として進まなかったプロ野球のセカンドキャリア事業。川口はそのパイオニアとなるつもりだ。

川口寛人(かわぐち・ひろと)
1985年8月7日、山梨県生まれ。大月短大付属高、山梨学院大出身。小学1年から野球を始め、双子の弟・隼人(東北楽天)と二遊間コンビを組む。大学卒業後、西多摩倶楽部に所属。強肩を買われ、二塁手から遊撃手に転向した。平日は株式会社「道とん堀」で仕事をしながら、コツコツと努力を重ね、プロを目指す。10年に巨人から育成7位で指名を受け、翌年入団するも、その年のオフ、現役を引退。12年1月より「道とん堀」に正社員として入社。ASSを立ち上げ、現在はプロ野球のセカンドキャリアサポートに奔走している。