現時点では日本人ショート、最後の砦と言っていいかもしれない。今季、埼玉西武からオークランド・アスレチックスに移籍する中島裕之だ。この10年、松井稼頭央、西岡剛、川崎宗則と日本を代表するショートストップが次々と海を渡ったが、メジャーリーグの厚い壁に跳ね返されてきた。中島に関しても米国で成功できるか懐疑的な声も少なくない。しかし、当の本人は至って自然体だ。「メジャーに行くからと言って、特別なことは何もしていない」「今までと同じようにやるだけ」と、ひょうひょうと語る中島に二宮清純が渡米前の思いを訊いた。
(写真:爽やかな笑顔で話すが、内に秘めたる気持ちは熱い)
二宮: 2年越しでメジャーリーグ移籍が叶いました。今の心境は?
中島: ドキドキ、ワクワクですね。初めてやから、どんな雰囲気なのか、どんな練習をするのかもわからないですし、選手のこともよく知らない。ルーキーの時にドキドキした時と似たような気分ですね。

二宮: アスレチックスはショートのポジションが空いている状態です。日本のトップクラスの選手としてビリー・ビーンGMも大きな期待を寄せていると思いますよ。
中島: ホンマですか? でも、日本の成績は日本のものなので、向こうに行ったら関係ない。いきなり、すごい成績を出せるとも思っていないし、出そうとも思ってないんです。コツコツとやっていくうちに、ポジションを獲って、何年間かかけて結果を残していこうと考えています。

二宮: 入団会見ではビリー・ビーンのことを「カッコいい」と言っていましたね。
中島: 男前でしたよ。カッコいい雰囲気で、偉い人やのに偉そうやない。ラフな感じで一緒にランチにも連れて行ってもらいました。

二宮: ビリー・ビーンは基本的に試合を観ないことで有名です。試合を観ると感情移入してしまうから、数字を見て選手を評価したいそうです。
中島: へぇ〜、そうなんですか。でも、1試合くらいは見てほしいですよねぇ。せっかく日本から来たんやから(笑)。

二宮: 選手獲得の際には出塁率を重視します。中島さんは西武でレギュラーを獲って以降、ほとんどのシーズンで3割台後半から4割台と高い出塁率を誇ります。この点も評価の対象になったのでは?
中島: 僕はあまり意識していなかったですけどね。「全部、打ったろう」と思って打席には入っていて、フォアボールを選ぼうなんて考えていないんで。

二宮: 中島さんのバッティングは反対方向にも伸びる。これはメジャーでも大きな武器になるでしょう。右にも左にも鋭い打球を飛ばすコツは?
中島: うーん。僕の中では右も左も関係なく、どこへ打つにも同じようにやっているんですけどね。ボールに対して打ちたい方向に力の向きを変えてやれば、素直に飛ぶと思います。

二宮: 打ちたい方向はある程度、決めているんですか。
中島: 決めてはいないです。もちろん、打席に入るにあたって、ランナーや相手の守備位置は見ますよ。それで、アウトになっても最低限ランナーを進めなあかん場面やったら、多少バットをコントロールして空いているところへ打とうと細工はします。でも、それ以外は入ってくるコースに対して自然に体が反応して打っている感じです。

二宮: 逆らわずに打つということなのでしょうが、理想の打球はありますか。
中島: バックスクリーンに飛んでいくのが一番やないですかね。西武ドームで試合する時なら、いつも(センターの)スコアボードに当てたると狙いながらやっていました。それがちょっと遅れたら右中間、早かったら左中間に飛ぶというイメージです。

二宮: 西武では中軸を任されていましたが、アスレチックスでは2番という構想もあるようです。
中島: なんか、そういう話を聞いてますけど、別に何番でもいいですよ。西武の時も打順にこだわりはなかったんで、試合に出られるなら、それで充分です。

二宮: 話を聞いていると、気負いが全く感じられませんね。根底には日本だろうがメジャーだろうが、やる野球は一緒だという自信があるように感じられます。
中島: アメリカのピッチャーやからと言って、特別な意識はないですね。打てても、打てへんかっても、それは結果やから気にしても仕方ない。もちろん、日本とは多少違う球を投げるやろうから、その点は楽しみです。

二宮: 西武の先輩の松井稼頭央選手から何かアドバイスはありましたか。
中島: 「メジャーリーグはええぞ、楽しいぞ」と言われました。「ボールとか、いろいろ違いを言う人もおるけど、実際にやってみたら、あまり変わらんと思う。だから最初は感じたまま、やったらええよ」と。

二宮: ただ、現状は残念ながら日本人のショートでレギュラーとして活躍した選手が出てきていません。打撃はともかく、守備面で身体能力や技術の差を指摘する声もあります。その部分の不安はありませんか?
中島: まぁ、周りはいろいろ言いはるんでね。これまでメジャーに行った人かて、別に失敗したとは思っていません。成績はどうであれ、アメリカから帰ってきた選手で、「メジャーはイヤやったわ」という人はおらんでしょう? だから、僕も普通にやればええんちゃうかなと思っています。

二宮: メジャーリーグでは少し活躍したり、態度が鼻につくと、激しいスライディングやデッドボールで潰しにかかろうとする一面もあります。もし、そんな状況になったら、どうしますか?
中島: それは気をつけなあかんと思っています。むきになったらあかん。日本ではデッドボールの時は「絶対にやり返したろう」と思ってました。パ・リーグはピッチャーは打席に立たへんから、直接仕返しはできない。だから、ゲッツー崩しで内野手を潰すか、ホームまで来たらキャッチャーにタックルするか、そればかり考えていましたよ。まぁ、アメリカに行ったら、選手がでかすぎるから体当たりしたら、こっちがやられる(苦笑)。でも、それがメジャーでは普通のことで、どうせやられるんやったら、その前にやったろうという気持ちは持っていますよ。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2013年2月2日号)では中島選手の特集記事とグラビアが掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>