1705nabeshima2「この時期(春)には、ほぼ毎年ケガをしていた」と言う鍋島莉奈(日本郵政グループ)だが、今年は5月に入ってからも順調なペースを刻めている。初の国外レースとなった5日(現地時間)のペイトン・ジョーダン招待陸上(アメリカ・スタンフォード)で女子5000mに出場。15分27秒97のセカンドベストを記録した。13日の静岡県長距離強化記録会では同3000mで9分3秒17という自己記録を更新する快走。さらにはリオデジャネイロ五輪日本代表である先輩の鈴木亜由子、関根花観に競り勝っての1位だった。

 

 ペイトン・ジョーダン招待では自己ベスト15分22秒34の更新、8月の世界選手権(イギリス・ロンドン)参加標準記録(15分22秒)切りを狙ったが、届かなかった。それには強風のレースという悪条件も重なった。「初めての国外でのレースだったので、今後につながる課題を見つけられました。記録は悔しいものでしたが、いい経験ができたと思います」と本人は振り返る。

 

 風を嫌がり、誰もが先頭を譲り合う。牽制し合うようなレースだった。決して経験値が高いとは言えない鍋島にとって、そこから抜け出すのは簡単なものではなかった。

「こういった試合展開が苦手というわけではないです。ただ今回はすべてが初めてだったので自信がなかった。自分がどれだけ走れるのかわからなかったので、様子を見ながら走ったのですが、もう少し行けたかなと思います」

 

 同組を走った松﨑璃子(積水化学)は日本人トップの2位に入った。15分19秒91で世界選手権の参加標準をクリアしている。ライバルに力の差を見せつけられたのも事実だ。鍋島を指導する日本郵政の髙橋昌彦監督の見立てはこうだ。

「まだまだですね。勝負所をきちんと押さえられていない。そういう面では課題は残りましたが、記録はセカンドベストです。今回のレースコンディションで15分27秒は決して悪くはないです。力が付いてきたなという手応えは感じました。良い条件が整えば、目標だった世界選手権の参加標準は十分切れたんだろうなと」

 

 トップレベルの速さを体感した陸連合宿

 

 鍋島は3月下旬から日本陸上競技連盟の女子長距離合宿に参加した。国内での合宿にはリオ五輪代表の鈴木、関根を含め実業団のトップランナー14名が都内のナショナルトレーニングセンターなどで汗を流した。国内での合宿期間は短かったが、再招集されたメンバーで臨んだアメリカ・アルバカーキでの高地合宿は約1カ月間行われた。

 

1705nabeshima10「国内のトップ選手ばかりの合宿に初めて参加しました。今までの自分がやってきた練習のレベルや、選手それぞれの練習に対しての考え方の違いを知ることができた。今後の自分のためにも、すごく良い機会だったと思います」

 トップ選手の走りを肌で知ることができた経験は大きい。鍋島にとって、トレーニングを共にしている鈴木と関根の姿も「普段、一緒に生活していますが、チームを離れての国外合宿となると2人の顔つきも違いました」という。合宿を通じて鈴木と関根をはじめとした日本代表クラスのランナーたちの空気感を味わった。

 

 鍋島自身と同じ5000mを主戦とするランナーとは力の差を見せつけられた。特にラストのスピード勝負においてだ。

「印象に残ったのは、他の選手たちのラストのスピードに全然対応できませんでした。周りの選手はすごくて2本とも私は最下位でした。その時に走ったタイムは自分が今まで練習してきた記録よりも良いものだったのに……。それまでは(ラストのスパートが)すごく良いと思っていました。その考えを本当に改めさせられた感じです」

 

 選手によって仕上がり具合は違う。だからといって得意のラスト勝負で最下位だったことは肯定できない。この“敗北”は鍋島の発奮材料になっている。「自分の弱さを本当に痛感させられました。でも自分もできないことはないと思っているので、“頑張らなきゃ”と強く思うきっかけでした」。その後の静岡での記録会で、鈴木や関根に競り勝てたのは、このこととも無関係ではないだろう。

 

 自他共に認める課題

 

 鍋島の当面の目標は6月24日開幕の日本選手権(大阪)で5000mに出場し、世界選手権の参加標準記録を突破して3位以内に入ることだ。それがロンドン行きの切符を掴む最低ラインになる。鍋島は「日本選手権は勝ちに行きたいなと思います」と意気込んでいる。これまで日本選手権に出場したことはない。なぜなら競技人生において、春先にケガをすることが多かった彼女はこの時期に万全だったことがほとんどないからだ。

 

1705nabeshima7 昨年の日本選手権(愛知・瑞穂)はリオ五輪の選考会を兼ねていた。鍋島は出場資格を持っていたものの、故障の影響でレースに臨めるコンディションではなかった。瑞穂陸上競技場のトラックに立つことは叶わず、鈴木や関根の応援に来ていた鍋島はスタンドで、先輩たちが快走する様子を見ていた。「私は出られる状態じゃないので、駅伝に向けて切り換えていました。でも2人の走りを見て、“来年は自分も走りたい”と思いました」。大歓声に後押しされ、鈴木と関根はリオ五輪の切符を掴んだ。その背中に追いつけ、追い越せと切磋琢磨してやってきた。

 

 鍋島の課題はメンタル面にあると、髙橋監督は言う。

「もっと本人が自分の能力を信じて、積極的に貪欲に競技へ取り組めば、まだまだ大きな結果を出していくのではないかと思います。まだまだこれからですね。今度はトラックで日本代表を掴む。ロンドンへの想いは徐々に高まっているような気がしますので、私はすごく期待しています。その先の1歩を踏み出せたときに“世界で戦おう”というスイッチが入ってくると、さらに面白い選手になるんじゃないかなと」

 

 鍋島は自らを過小評価するきらいがある。高校時代の恩師・永田克久監督の目には「“弱気の虫”が付いている気がする」と映っている。髙橋監督からも「ポジティブにいきなさい。マイナス発言をするな」と指導されているほどだ。日本郵政入社前の鹿屋体育大学時代には日本学生個人選手権5000mで2度の優勝。14、15年には日本学生対校選手権1万m連覇を達成した。国際千葉駅伝では学生選抜のアンカーを任されたにも関わらず、鍋島本人に「学生トップランナー」の自負はない。それどころか「実業団のレベルでは勝負できないような記録だったので……」と口にする。それは彼女自身の求めるものが高いゆえかもしれないが、彼女の成長の足枷にもなりかねない危険性をはらんでいるとも言える。

 

 鍋島の競技人生はケガばかりだった。それでも彼女の心までは折れず、何度も乗り越えてきた。決して気持ちが弱いわけではないはずだ。「走り出したらきっと走れるようになるから、“今は我慢だ”としか考えていなかったです」。耐えることが多かった分、彼女はリアリストになったのかもしれない。

 

 求めるのは“完全燃焼”

 

1705nabeshima4 鍋島が狙うもうひとつの目標が5000mの日本記録更新だ。現在の日本記録は福士加代子(ワコール)が出した14分53秒22である。福士が2005年にイタリア・ローマで記録して以降、抜かれぬままでいる。15年の世界選手権ではマラソンで銅メダルを獲得した日本屈指のスピードランナーの記録に「挑戦したい」という想い。鍋島は速さへのこだわりを隠そうとしない。

 

 その先に見えるであろう新しい景色を求めている。

「自己ベストが出た時に“もうちょっといけたな”なのか“これ以上は無理だな”と思うかの差で続けています。5000mの自己記録を出した12月の記録会の時に“もうちょっといけたな”という感覚がありました。これまでに満足したことはないです。“もうこれ以上出ない”と思っていないから続けているんです」

 

 3年後には自国開催の東京五輪が控えている。だが鍋島にとってオリンピックはゴールではない。「オリンピックは出ることができたらすごいだろうなとは思います。でもどうしても出たいというほどではないんです。自分の記録に挑戦して、過去の自分を超えられるか超えられないか。そこが自分の中での一番のこだわりです」。オリンピックや世界選手権は通過点でもなければ、ゴールでもない。あくまで追い求めているのは自らの限界だ。

 

 髙橋監督は「鍋島のようなタイプはひとつひとつ目標をクリアしていくとガラッと化けることがあります。彼女はすごい力を持っている子なので、もっと化けてほしいと思っている」と潜在能力に大きな期待を寄せている。今のところ、鍋島の走りに限界は見えない。日本長距離界の新星は底知れぬ力を秘めている。そう思わせる何かが彼女にはある。

 

 (おわり)

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>>第2回はこちら

 

1705nabeshimaPF鍋島莉奈(なべしま・りな)プロフィール>

1993年12月16日、高知県須崎市生まれ。中学で陸上を始める。山田高校では全国高校駅伝や全国高校総合体育大会に出場した。鹿屋体育大に進学後は12、14年の日本学生個人選手権5000mで優勝。14、15年には日本学生対校選手権1万m連覇を成し遂げた。16年に日本郵政入社。全日本実業団対抗女子駅伝で5区区間賞と大会MVPを獲得し、チームの初優勝に貢献した。23歳。自己ベストは5000m15分22秒34、1万m33分8秒00。身長160cm。

 

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(文・写真/杉浦泰介)

 

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