第84回 2020パラリンピック、会場満席のその先に。
9月1~3日、2017ジャパンパラ水泳競技大会が辰巳水泳場(東京都江東区)で開催されました。驚いたことに会場には多くの観客が詰めかけて、これまでに見たことのない景色が広がっていました。
しかも数だけでなく熱気のすごさにも圧倒されました。見渡すと、企業や団体がそれぞれお揃いのTシャツやビブスを身につけ、ブロック毎にスタンドに陣取っていました。また応援用のウチワを振っている団体もありました。そういうスタンドの風景もこれまで見たことがありません。
競技が始まり、目当ての選手が出てくると1ブロック70~80人が一斉に名前をコールして、拍手で応援します。そのうちに熱気は会場全体に伝わり、特定のチームや選手の応援に来たわけではない人にも歓声や拍手が伝染していきました。プロ野球、Jリーグ、Bリーグなどと同じような盛り上がりがパラ水泳の会場で起こったのです。
実はこの盛り上がりは、2020年東京パラリンピックに向けた、ある取り組みが結実しつつあることのひとつの表れなのです。
その取り組みとは、「2020パラリンピックを満席に」というものです。日本障がい者スポーツ協会(日本パラリンピック委員会)の呼びかけで、同協会のパートナー企業が中心となって、多くの企業や団体が「パラ満席」に向けて動き出しています。パラ水泳の会場の熱気に触れて、本気でその輪が広がっているのを感じました。
この「パラ大会を満席にする」とはどういうことか。それは実施される22競技、すべての競技のすべての試合を観客で埋めるというものです。パラスポーツの中には車いすバスケ、テニス、最近ではボッチャなど、よく知られるようになった競技もあります。しかしまだ認知度の低い競技もあり、それこそ知らない競技の、知らない国同士の1回戦の試合まで含めて「満席」というとてつもない目標なのです。パラスポーツ先進国のロンドンで行われたパラリンピックでさえもこれは実現に至りませんでした。
サポーターもレガシー
内閣府の調査(平成27年内閣府・東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査)では「パラリンピックを知っている」人は98.2%。また「見に行きたい」と思っている人は36.4%もいます。しかしその内訳を見ると、「ぜひ行きたい」はわずか4.5%で、「できれば行きたい」が31.9%です。残念ながら私の経験で、「できれば行く」「行けたら行く」と言った人がイベント(や飲み会)に顔を出したのを見たことがありません(笑)。つまり、「良かったら来てくださいね~」という姿勢でいたら満席にならないのは明白なのです。
さてここで重要なのが企業が動員をかけているのは2020大会を満席にすることだけが目的ではないということです。実は1人でも多くパラスポーツのサポーターを増やそうとしているのです。
私はこう考えています。今はまだパラスポーツは多くの人にとって「食わず嫌い」の段階だ、と。美味しいと評判は聞いているもののちょっとなあ……と口に運ぶのをためらってしまうような食材も、あるきっかけで食べてみたら「こんなに美味しかったのか!」と思った経験は誰にでもあるでしょう。つまり、動員をかけられた人も最初は「しかたなし」だったかもしれませんが、その中の何人から「パラスポーツって面白い」と思って、リピーターになるかもしれないということなのです。
そこで、こうしてみてはいかがでしょうか。パラスポーツを今は「見たい」「面白そう」と思わなくてもいいから、ちょっと無理をして、「行ってみたら面白いと思うかもしれない」くらいの期待で足を運んでみる。もしかしたら「もっと早く来てみればよかった!」と思うかもしれません。
各企業や団体の積極的な動員は、確率が低くてもそれを繰り返していくことで、「しかたなし」から「面白い!」と興味を持つ人が増えていくことを狙っているのです。
2020年の満席がゴールではありません。こうして生まれた人こそが、2020年以降もパラスポーツのサポーターになるのです。「レガシー」という言葉を耳にします。パラスポーツのサポーターが増えることは、2020年以降の大きな大きな「レガシー」のひとつなのです。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>