先月、通算2000本安打を達成した横浜DeNAの中村紀洋のバッティングフォームは独特である。35インチと長尺のバットを目いっぱいに持ち、大きなテイクバックからフルスイングする。一見、変化球に脆そうにも映るが、タイミングを狂わされてもバットを巧みにコントロールし、ヒットゾーンへ打球を運ぶ。豪快さと繊細さ。この二律背反の概念をうまく融合し、両立させたと言えるだろう。日米6球団を渡り歩き、唯一無二とも言えるスタイルをどのように磨き上げたのか。二宮清純が訊いた。
(写真:バットの長さは「今が一番長い」と明かす)
二宮: 中村さんと言えば、豪快なスイングが印象的です。このスタイルは昔からですね。
中村: 基本的にはプロ入りした頃から変わりませんね。もうちょっと最初は足を上げていたと思いますが、外国人に負けないように、という意識が今のかたちになりました。

二宮: パワー以外の部分で外国人に勝とうと?
中村: そうです。そのためにはヘッドを使わないといけない。手をうまく使って、バットをムチのように扱う。それでパーンとヘッドを走らせるんです。

二宮: 三冠王3度の落合博満さんのバッティングも参考にしたとか。
中村: プロに入ってからテレビ局に頼んで三冠王時代の映像をまとめてもらい、ずっとビデオを見ていました。。落合さんのバッティングは見れば見るほど不思議なことばかり。バットを軽く振っただけのように見えるのに、右方向に左バッターが引っ張ったような打球が打てる。フルスイングしていないのに打球は力強い。これは理想のバッティングだなと感じました。

二宮: 落合さんが巨人から日本ハムに移籍した時に、バッティングを教わりに行ったそうですね。
中村: はい。試合中、わざとフォアボールで歩いて、ファーストを守っている落合さんに聞きに行きました。「スミマセン。バッティングを教えていただけませんか?」と。「何が聞きたいんだ?」と言われたので、「また、次の打席に来ます」って……。

二宮: そして次の打席もフォアボールを選ぶ(笑)。
中村: 打ってアウトになってもいけないし、ヒットでも二塁打やホームランになったら聞けない。甘い球でも、狙いが外れた振りをして「ウ〜ン」と見送る(笑)。それで、なんとかフォアボールにして、心の中でガッツポーズしながら塁に出るんです。

二宮: 落合さんは何と言っていましたか。
中村: 「どうでしたか? 見ていただけましたか」と尋ねると、一言だけ言われました。「遅い」。

二宮: 遅い?
中村: 何が遅いのかなと考えました。始動なのか、タイミングなのか、ヘッドスピードなのか……。わからなかったので、またフォアボールを選んで聞きました。「自分なりに、いろいろ早くしてみたんですけど、どうですか?」と。

二宮: 落合さんの答えは?
中村:「まだ遅い」。それで終わりでした。答えを教えてくれたのは、落合さんが引退してからですね。解説者として春の日向キャンプに来られて、バッティング練習をしていると、ケージの後ろからまた「まだ遅い」と言われました。その時、「オレは構えに入った時に、90%以上は体重が後ろの軸足に乗っていたぞ」と教えてくれたんです。僕はピッチャーのモーションに合わせて体重移動していたんですが、それでは「遅い」という意味でした。

二宮: それを機に落合流を実践できるようになりましたか。
中村: いや、これが簡単そうでなかなか難しい。軸足に早く体重を乗せるにはどうすればいいか、未だにいろいろ考えながら取り組んでいる最中です。だいぶコツは掴みかけてきましたが、まだまだ落合さんの言っていたレベルには到達していないと思います。

二宮: 07年には落合さんが監督を務めていた中日に入団します。バッティングの奥義に触れる場面も増えたのでは?
中村: それを期待したのですが、全くアドバイスもなく、褒められたことすらないんです。ホームランを打っても喜んだ顔を見たことがない。唯一、2007年の日本シリーズでMVPになって、祝賀会で感謝の思いも込めてビールをかけに行った時、「おお、良かったな」と声をかけてくれた。そのたった一言がすごくうれしかったですね。もう他には何もいらないという気持ちになりましたよ。

二宮: 昔は髪を金色に染め、無精ひげを生やして、言動もツッパっているイメージでしたが、年齢とともに丸くなってきた感があります。
中村: 昔のスタイルは本当はやりたくなかったんですよ。ただ、近鉄はローカルチームで、入団した頃の全国区の選手と言えば、野茂英雄さんくらいしかいなかった。だから、ちょっとでも有名になって盛り上げたいなと。それでマスコミに乗せられて便乗しただけなんです。発言にしても、自分の口から出た話でなくても、「そのほうが新聞が売れるなら、どうぞ勝手に書いてください」というスタンスでした。いちいち否定するのも面倒なので、放っておいたらイメージがひとり歩きしたんです。

二宮: この先、個人目標としては満塁ホームランの記録をあげています。現在、14本。あと1本でNPB記録を持つ王貞治さんの15本に並びます。
中村: あと1本、何とか打ちたいですね。今年のベイスターズはチャンスがある。前のバッターがトニ・ブランコだから二、三塁で敬遠してくれれば、満塁でまわってくる打席は多いと思うんです。

二宮: しかも、今季は昨年までと比べると「ボールが飛ぶ」と評判ですからね。
中村: 僕の感覚では去年の終わりごろから飛ぶようになってきました。ボールが変わっただけでなく、統一球の打ち方に慣れてきた面もあるんじゃないでしょうか。今のボールは打つ時に力むと飛ばない。昔のようにヘッドを利かしてポーンと打つことが大事です。だから、僕のフォームも、ヘッドを走らせようと試行錯誤していた近鉄時代にまた戻ってきているんですよ。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2013年6月15日号)では中村選手の特集記事が掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>