7日、世界陸上競技選手権モスクワ大会選考会を兼ねた日本選手権が開幕した。注目の男子100メートルでは、桐生祥秀(洛南高)が予選2組に出場し10秒28で1位に入り、翌日の決勝へ進出した。桐生は入賞以上が確定的。既に日本陸連が定めた派遣設定記録を突破しているため、世界選手権の代表の座をほぼ手中に収めた。予選1組では山縣亮太(慶応大)が10秒14で1位。派遣標準記録Aをクリアして、順当に予選を突破した。また同組では大会4連覇中の江里口匡史(大阪ガス)が6着で予選敗退する波乱も起きた。男子棒高跳びは、山本聖途(中京大)が2連覇。女子1万メートルでは、新谷仁美(ユニバーサル)が31分6秒67の大会新で初優勝を果たした。同やり投げは海老原有希(スズキ浜松AC)が2年連続6度目の優勝を成し遂げた。山本、新谷、海老原は世界選手権代表の選考基準を満たし、出場権を獲得した。
(写真:初の大舞台でもしっかりと結果を残した桐生)


 8レーン、桐生祥秀の名が場内にコールされると、ひと際大きい拍手が巻き起こった。レースにはフランスの国営放送が取材に来るなど、“桐生フィーバー”は国内にとどまらない。100メートル予選第2組に登場した桐生は、「いつも通りリラックスした」という力みのないスタート。徐々に加速していくと、ロンドン五輪代表の高瀬慧(富士通)、北京五輪400メートルリレー銅メダリストの塚原直貴(同)をとらえた。「レース後半、100メートルまでで抜ければいい」というレースプラン通り、最後に差し切るかたちで、1位で予選を通過した。

 初の日本選手権で見事、決勝進出を果たした桐生はレースを振り返り、「自分のレーンだけを見て走った。いい走りができた」と納得の様子。日本一決定戦に向けては、「日本で一番大きい大会に出ることはうれしい。チャレンジャーとして、どれだけいけるか。決勝もいつも通り楽しみたい」と抱負を語った。

 そして1つ前の第1組で、桐生を上回る走りを見せたのは、山縣だ。「緊張もあった」と言うが、「挑戦者のつもりで自分の信じるレースを貫いた」と、滑らかなスタートから加速していき、10秒14で予選全体としても1位突破。派遣標準記録Aをクリアした。今シーズン、なかなかクリアできなかったA標準。「肩の荷がおりた」と、ホッと胸をなでおろした。決勝に向けては、「タイムはどうにでもなる。気負わずにいきたい」と桐生同様、自然体を誓った。

 一方、2人と並び優勝候補に目されていた江里口が予選落ちした。同種目史上初の5連覇を狙ったが、後半の伸びを欠き、10秒42。予選第1組で6位に終わり、ディフェンディングチャンピオンはここで姿を消した。昨年優勝を争った山縣も「直接対決で負けて、(今大会の)決勝でリベンジしたかった」と、残念がった。
(写真:明暗が分かれたロンドン五輪代表の山縣<真ん中>と江里口<左>)

 桐生vs.山縣の最速巡る争いは、どちらに軍配が上がるか。そして9秒への挑戦者たちは“10秒の壁”を打ち破れるのか。注目の決勝は明日号砲が鳴る。

 昨年度覇者でロンドン五輪代表の山本、今季好調の荻田大樹(ミズノ)、日本記録保持者の澤野大地(富士通)による男子棒高跳びの三つ巴の決戦は、最年少21歳の山本が制した。東海インカレで派遣設定記録の5メートル74をクリアしている山本は、入賞でもモスクワ行きの切符が手に入る。それでも本人は「優勝しか狙っていなかった」と語る。優勝を決めた後、日本記録を2センチ上回る5メートル85に挑んだ。「日本記録を大きい舞台で跳べたら本物」と意気込んだが、体は追いついていなかった。両ヒザ裏が痙攣して、まともな跳躍ができなかった。3度とも失敗し、優勝記録は5メートル70にとどまった。
(写真:優勝決定までの4度の試技はノーミスの山本)

 初優勝を狙った荻田は3位。「日本記録に近い記録での優勝を狙っていたので悔しい」と唇を噛んだ。「これが今の実力。3番が妥当だった」と受け止めた。A標準を突破しているものの、今大会の成績で世界選手権の代表入りは微妙な状況。「選んでいただけたら、思い切りやるしかない」と語った。2位に入った澤野は、復活への手応えを掴んだようだ。山本、荻田と、若手が台頭してきたことには、「ずっと望んできたこと。うれしい」と第一人者として歓迎した。

 新トラックの女王誕生だ。女子1万メートルは、新谷の独壇場だった。序盤は先頭から2、3番目あたりをキープ。2800メートルから先頭に立つと、そこからぐんぐん後続を引き離した。全員を周回遅れにする圧勝劇を見せ、大会新記録を更新する31分6秒67で優勝。ロンドン五輪9位の実力を発揮した。

 ただ、本人は「31分台では世界で勝負にならない」とタイムには不満を見せた。他を追随を許さなかったことには「うれしいと同時に残念。陸上を甘く見すぎているんじゃないか」と警笛を鳴らした。「自らを脅かすようなライバルの出現を望むか」との問いには、「私じゃなくて世界を目指してほしい」と答えた。今回の優勝で世界選手権代表に内定。ロンドンでは福士加代子、吉川美香に支えられた。ただ福士はマラソンでモスクワに臨み、吉川は第一線から退いた。“これからは自分が引っ張っていく”。そんな気概が見えた。
(写真:2位以下に1分以上の差をつけた新谷)

 決勝の結果は次の通り。

<男子3000メートル障害>
1位 山下洸(NTN) 8分33秒57
2位 松本葵(大塚製薬) 8分33秒82
3位 武田毅(スズキ浜松AC) 8分36秒17

<男子棒高跳び>
1位 山本聖途(中京大) 5メートル70
2位 澤野大地(富士通) 5メートル60
3位 荻田大樹(ミズノ) 5メートル50
(写真:表彰式でポーズをとる<左から澤野、山本、荻田>)

<女子10000メートル>
1位 新谷仁美(ユニバーサル) 31分6秒67 ※大会新
2位 清水裕子(積水化学) 32分16秒58
3位 萩原歩美(ユニクロ) 32分17秒17

<女子走り幅跳び>
1位 岡山沙英子(広島JOC) 6メートル59
2位 桝見咲智子(九電工) 6メートル54
3位 平加有梨奈(北翔大) 6メートル32
(写真:今大会限りで引退を表明した井村は5位)

<女子円盤投げ>
1位 敷本愛(国士舘クラブ) 52メートル86
2位 高橋亜弓(筑波大) 52メートル74
3位 東海茉莉華(I most) 50メートル28

<女子やり投げ>
1位 海老原有希(スズキ浜松AC) 60メートル41
2位 久世生宝(筑波大) 58メートル91 ※日本ジュニア新
3位 宮下梨沙(大体大TC) 56メートル22
(写真:唯一の60Mを超えも、内容には不満の海老原)

※選手名の太字は世界選手権代表内定

(杉浦泰介)