(写真:ペドロは2年前のワールドカップ覇者。その実力を遺憾なく発揮した)

 国際スラックライン連盟(WSFed)公認大会である「GIBBON 日本オープンスラックライン選手権大会2017」は10月21日から2日間、東京・二子玉川ライズで行われた。今年で8回目を迎える「トリックライン」国内最高峰の大会を制したのはオープン男子がペドロ・ラファエル・マルケス(ブラジル)、同女子は福田恭巳。特に福田は大会皆勤賞だ。そのすべてで表彰台に上がっている女子の第一人者は、2年ぶり6回目の優勝を果たした。

 

 ハイクオリティーの戦い

 

 今大会はラインの高さも地面から183cm、マットから153cmに設定。例年以上に高さを求めた。「過去最高レベル。それは間違いないです」と、第8回大会開催に胸を張るのは日本スラックライン連盟(JSFed)の小倉一男理事長だ。今大会は出場者全員が招待選手。海外からも実力者が名を連ねた。オープンクラス男子は前回覇者のアレックス・メイソン(アメリカ)がケガのため欠場したが、ペドロと3年前の王者ヤン・ローズ(エストニア)の2名が参戦。女子はジョバンナ・ペトルーシ(ブラジル)が満を持しての登場だった。

 

(写真:待望の参戦となったジョバンナ。ライン上でのバランス感覚は絶品)

 ジョバンナはUAE・ドバイのサーカス団に所属するパフォーマー。昨年もエントリーはされていたが欠場した経緯もある。世界大会の経験豊富な女子の福田も一目を置く存在だ。「私は一度も勝ったことがないです。初めて戦った時にボロ負けして、そこから彼女はトップを走っている。私からすれば“女帝”という感じです」

 

 福田によれば、「最大の武器は安定感です。単発の技だけなら日本選手もジョバンナより難度の高いものができますが、彼女はバリエーションが豊富。技をいつなんどきでも、どんな組合せで出せるのがすごいです」という。ある程度パターン化しがちなコンボも多彩な繋ぎができるのが強みだ。

 

(写真:準決勝で今季好調の岡田亜佑美<左>を破り、勢いに乗った福田)

 女子決勝はそのジョバンナと福田の直接対決となった。先攻はジョバンナ。まずは30秒間、ノーミスで福田にバトンを渡す。一方の福田は回転系のトリックを駆使。こちらもノーミスでやり返す。派手な技というよりもしなやかさ、美しさで勝負する福田に対して、ジョバンナは高いエアーで正確に着地を決めていく印象だ。どちらも目立ったミスなく演技を終了。ハイクオリティーな戦いは、福田に軍配が上がった。

 

「今年は順位を気にせずに日本オープンを楽しみたいと思います」。福田は大会を、何よりスラックラインを楽しんでいるように映った。それがどこまで採点に影響したかは分からないが、観ている者の多くが感じたことではないかと思う。男子の優勝者ペドロは高いエアーで宙を舞った。自らのトリックのみならず対戦相手、自分とは直接関係ない試合の時でもマット近くに陣取り、観客を煽るなど盛り上げ役を担った。福田同様に大会を楽しみつつも、独自の世界観でアピールした感がある。

 

 普及への各自のアクション

 

(写真:他選手とは違った見せ方で観客を沸かせる大杉)

 テレビでも取り上げられることも増え、愛好者も伸びてきている。JSFedは普及と強化のために、全日本選手権大会の開催を決めた。19日に西東京市総合体育館で行われる。第1回大会はトリックラインのみの実施となる。「会場の関係で今回はトリックラインだけですが、できればスノーボードの全日本選手権のようにいずれは全種目やりたいと思っています」と小倉理事長。プロと元プロはエントリーできない規定となっており、アマチュアのための大会になるのか、あるいはこれからプロを目指す者の登竜門になるのか、いろいろな可能性を秘めている。

 

(写真:フットサル場を使い、3つのラインを張って大会は行われた)

 選手も普及活動に熱心だ。女子の第一人者である福田は11月3日、地元の千葉県で「YUKIMI CUP2017」を開催した。「私は大会が好きで、楽しいんです。練習していたものを多くの人に見てもらって、それに反応が返ってくる。順位はおまけだなって。自分が楽しいものをアピールできる場が大会です。大会はメーカーと契約している選手が難しい技を繰り出して争うだけではなくて、自分の日頃の成果を発表し、それをいかにカッコ良く魅せるか。大会に出る実力がありながら、気後れしている愛好者の方々もいるんです。そういう人たちへのきっかけづくりになればいいなと思って始めました」

 

  現在、第一線でスラックラインをやっていない選手を対象にエキスパート、ファン、チャレンジの3部門を設けた。ファンとチャレンジは大会出場経験のないことが参加条件。老若男女70名を超えるスラックライナーがエントリーした。屋外コートのため、当日の天気も懸念されていたが晴天に恵まれた。場内MCとジャッジを務めた我妻吉伸は第1回日本オープン男子優勝者。男子の第一人者も「トップの大会でもなかなか集まらない人数。“大会に出たい”“スラックラインをやりたい”と人がいるんだと感じました」と目を丸くした。

 

(写真:ラインより背の小さい子にはマットをかさ増しする工夫を施した)

 JSFedの小倉理事長も「選手自身による大会開催は珍しいこと。それはすごく良いことだと思いますし、これからもどんどんやってほしい」と諸手を挙げて賛成だ。参加者からは「来年も出たい」「モチベーションが上がった」「自分たちの地域でもやってほしい」と好評を博した。福田自身も「自分が選手として動けなくなっても続けられること。スラックライン界で活動できたらいいなと思います」と意欲的だ。大会名に年号を入れたのも今後も継続して開催する意向がある表れだという。

 

  スラックラインの国内最大パークと言われる「浄光寺スラックラインパーク」は長野県小布施町にある。小布施では保育園、幼稚園、小中学校でも導入されるなど自治体との協力体制も築けている。今年9月にはワールドカップが開催され、延べ3万人を集めたという。大会実行委員長を務めた林映寿は「思った以上に反響があって、次の開催を期待する声もありました。選手の皆さんも“楽しかった”と言っていただき、海外の招待選手からも好評でした」と手応え感じている。選手として参加した福田はこう感想を述べた。「アメリカの大会では人が多い。トリックに対するリアクションも良いので私は好きです。今回はそれに近い、もしかしたらそれよりも多いくらい人が来ていました。今までは海外でしか味わえない空気感を味わえて感動しました」

 

 林はスラックライン推進機構を立ち上げるなど、普及に尽力する。「できればスキー場と同じだけの専用パークはつくりたいです」。加えてスラックラインのオリンピック種目入りを目指す。9月にオリンピック開催が決まった24年パリ、28年ロサンゼルスでの追加種目入りを狙う。ロサンゼルスはスラックライン発祥の地とされる国立ヨセミテ公園もある。アメリカのスラックライン熱は高い、チャンスもゼロではない。

 

 様々な可能性が伸びていっているスラックライン。進む道は違えど、スラックラインを広めたい、大きくしたいという思いは同じである。 それぞれが太くなりつつ、時に交わることで強固なラインを築くことができれば、更なる広がりを見せるだろう。

 

(文・写真/杉浦泰介)