一時の勢いはないとはいえ、今季の千葉ロッテは戦前の予想を覆す成績を収めている。現在、45勝41敗2分の3位。ここまでチームを支えてきたのは若手の躍進だ。投げては育成出身の西野勇士がチームトップの8勝をあげ、野手では2年目の鈴木大地がショートのレギュラーに定着した。今季からチームを率いる伊東勤監督は、西武の指揮官時代、中島裕之(現アスレチックス)らを抜擢し、ブレイクさせた実績を持つ。若い力を伸ばし、戦力にする秘訣はどこにあるのか。二宮清純が訊いた。
(写真:「(古巣の)西武を倒せるチームでやりたかった」と監督就任の理由を明かす)
二宮: 開幕前、ロッテに対する評論家の順位予想は大方がBクラスでした。シーズンはここからが勝負どころとはいえ、前半戦の快進撃は伊東さんの手腕によるところも大きかったと思います。
伊東: いえいえ(笑)。選手たちが本当によくやってくれました。去年の秋から、このチームで実際に選手を見ていくと、周りが思っているよりも個々の質は高い。同じような力関係の選手が多かったので、うまく組み合わせていけば他にも劣ることなく戦えると感じましたよ。

二宮: その組み合わせの部分で伊東さんの起用がピタリと当たっている。ショートに鈴木大地を入れ、ショートだった根元俊一をセカンドに、セカンドの井口資仁をファーストに回しました。外野でも角中勝也の離脱で1軍に上げたルーキーの加藤翔平が、いきなり初打席初本塁打を放つ活躍をみせました。
伊東: 旬のものはおいしいうちに食べたほうがいいという考えなんです。加藤に関してはキャンプで見ていて素質は良かった。スイッチヒッターで足も使えますから、いつか上で使ってみたいという思いはずっと持っていました。
 今回、指揮を執るにあたって、僕は全員を前に、こんな話をしたんです。「年齢や実績のあるなしに関係なく、いい選手を使っていこうと思う。常に競争意識を持ってくれ」と。おそらく選手たちが、それを理解してシーズンに臨んでくれたことがいい方向に出ているのでしょう。

二宮: 開幕時点でロッテの一番のネックと言われたのは、伊東さんの本職でもあるキャッチャーのポジション。正捕手の里崎智也が故障で出遅れ、経験の浅い選手を使わざるを得ませんでした。
伊東: 正直言って、秋の練習で見た時には若いキャッチャーが高校レベルでした。里崎がずっとレギュラーだっただけに、キャッチャーを育てる環境ではなかったのでしょう。だから里崎が開幕に間に合わないと分かった時には目の前が真っ暗になりましたよ(苦笑)。でも、こうなった以上は彼らを使っていくしかない。難しくても時間がかかっても次のキャッチャーを育てないといけない。いずれにしても里崎にオンブにダッコではチームの未来はないわけですから。

二宮: 昨季まで1軍経験のなかった江村直也や、高卒ルーキーの田村龍弘にもマスクをかぶらせていますね。
伊東: まだまだレギュラーをとれる器ではないですが、よく頑張っていますよ。どの選手も純粋で吸収力があったのは助かりました。キャッチャー陣が手薄な中、開幕直前に東京ヤクルトから川本良平を獲れたのも大きかったです。フロントには、すぐに使えるキャッチャーとして、ずっと川本の獲得をお願いしていました。どのチームもキャッチャーは重要ですから話をまとめるのは大変だったようですけど、おかげで川本、江村、金澤(岳)と3人で何とか回せるメドが立ちました。

二宮: 3人の使い分けはピッチャーとの相性などを考えたのでしょうか。
伊東: いえいえ。最初はそんな余裕は全くありません。完全に手探り状態です。何よりピッチャーが「こいつら、大丈夫か?」と疑心暗鬼だったんですよ。ただ、良かったのはスタートの段階で結果が出たこと。それで、だんだんバッテリーの信頼関係が芽生えてきました。やはり、選手を育てる一番の方法は勝つことですね。

二宮: キャッチャーは経験が大事といいますが、負けゲームで使ってもあまり意味がないと?
伊東: えぇ。勝ちゲームで使わないと勉強にならない。勝っている状況でハラハラドキドキしながら逃げ切る体験をしてこそ成長すると思うんです。

二宮: 田村は光星学院高では甲子園で3季連続準優勝に貢献した選手です。キャッチャーに転向したのは高2の秋からですが、1年目から1軍で起用するあたり、かなり能力は高いと?
伊東: 彼はおもしろい選手ですよ。甲子園での実績からいえば、アマチュアでの経験はトップクラス。プロでの経験がなくても場慣れしているんです。ここは他の若いキャッチャーとは違います。ゲームに出しても、配球うんぬんはともかくキャッチャーとしての役割が自然とできますからね。たとえばピッチャーに対して、「もっと低く投げましょう」「コーナーを狙ってください」というアドバイスを、こちらが言わなくてもやってくれる。

二宮: 西武の監督時代には高卒1年目の炭谷銀仁朗を、いきなり開幕スタメンに抜擢して話題になりました。
伊東: キャッチャーとしてちょっとした気配りができる点が、銀と似ていますよ。これは教えてできるものではありません。いくら言っても試合になると頭が真っ白になって、自分のことで精一杯になってしまうキャッチャーはたくさんいます。里崎の次の正捕手を誰にするのか、今年いっぱいかけて見極めたいと考えていますが、彼も期待しているひとりですね。
(写真:どんなに若いキャッチャーでもベンチから配球を1球1球は指示しない。「リードは自分で答えを探すもの」が持論)

二宮: 選手からは「監督がよく話しかけてくれる」との声を耳にします。かつては伊東さんのプロ入り時の監督だった広岡達朗さんしかり、指揮官と選手とは一線を引くべきだという考えが一般的でした。今は時代が違うと?
伊東: 選手とのコミュニケーションは、こちらからどんどんとっていく必要があると考えています。もちろん、練習方法やベースの部分で広岡さんのやり方は僕も一番、影響を受けています。ただ、昔と同じやり方ではうまくいかない面もある。今回、ロッテの監督になって初めて広岡さんと30分くらい話をしたのですが、選手を育てるには「愛情を持ってやるしかないんだ」と。だから、コーチ陣にもひとりひとりの選手に対し、親身になって指導できる方を集めているつもりです。

二宮: 昔とは違うという点では、最近は選手を褒めて伸ばすスタイルが主流になりつつあります。うまくなって勝つには厳しさも必要でしょうが、伊東さんの見解は?
伊東 ただ、厳しくするだけではいけないでしょうね。いい時には「よかったぞ」と褒めることで選手の成長度も変わってくる。僕自身は現役時代、誰からも褒められず、苦労しました。自分で自分を褒めないと精神的にやっていけないんです。だからムチばかりでもいけないし、アメばかりでもいけない。要はその使い分けでしょう。

二宮: ロッテは波が激しいチームです。3年前は日本一になっても、翌年は最下位。昨季も前半戦は首位だったのに、終わってみれば5位でした。真の強いチームになるには、この波をなくしていく作業が求められます。
伊東: 選手の気持ちの持ちようを変えることが大事でしょうね。日本一になったり、首位にいるから、「これでいいや」という雰囲気をつくらない。「もっと勝とう」「もっと強くなろう」という欲を選手に持たせることが大切です。今のチームは経験値も少ない選手が多いですから、まずは目先の一戦一戦を勝つことで喜びや感動を味わってもらう。それらを、さらに上を目指すエネルギーに変えてほしいなと願っています。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2013年8月10日号)では伊東監督の特集記事が掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>