「引き際はとっくに過ぎていた」
 引退表明会見の席上、前田智徳はそう言って薄い笑みを浮かべた。打撃にとって美とは何か――。理想の打球を追い求めてきた“球界の剣豪”がそう告白するのだから、きっと本当なのだろう。
 しかし、それでも、もう少し前田の打撃を愉しみたかった。打球にしびれたかった。それが偽らざる私の本音だ。
 ロウソクの炎は燃え尽きる前が一番美しいという。カクテル光線の中、余韻を残しながら糸を引く打球を見るのが好きだった。

 代打に転向してからは一振りに全てを懸けていた。満身創痍、下半身に爆弾を抱えているため、ゴンドラのように体を揺らしながらも、熟達の技芸で球体の芯を打ち抜いた。昨季は3割2分7厘、今季は引退試合前日まで10打数ながらも4割。「数字なんか、どうでもええですよ」と前田は言うだろうが、不惑を過ぎてからの彼には「寄らば斬るぞ」とでも言いたげな凄みが漂っていた。私の目に、その姿はさながら手負いの狼に映った。

「前田智徳は、もう死にました」
 彼が私にそう語ったのは、今から16年も前のことである。右足アキレス腱断裂後、しばらくたってからだ。どう返答していいかわからず、黙っていると、冗談とも本音ともつかぬ口ぶりで、こう続けた。

「もう片方(のアキレス腱)も切れんかなと思うとるんです。両方切るとバランスが良くなるんじゃないかと思うてね」

 球界に「天才」と呼ばれるバッターは数多(あまた)いる。前田を評するには、どこか響きが軽い。「奇才」ではなかったか、と私は思う。記録の面で前田を上回る才能は、この先、何十人と出てこよう。しかし、あれほど観る者に緊張を強いる、時代劇風な表現で恐縮だが冥府魔道の世界に生きるスラッガーは、もう現われないのではないか。

 とりわけヤクルトの伊藤智仁との“果たし合い”は印象に深い。全盛期の伊藤は、ボールそれ自体が意思を持つ猛禽のようなスライダーを投げていた。若き武蔵が、目の色を変えないわけがない。のちに伊藤は語ったものだ。
「本気になった前田にだけは、どんなボールも通用しなかった…」

 今季、16年ぶりのAクラス入りを果たした広島カープ。前田智徳を観る愉しみがなかったら、ファンはかくも長き歓喜の不在に耐えられなかったかもしれない。

<この原稿は13年10月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>