妻が憤慨している。

「あれ、ひどいわよね」

 

 確かにひどい。というか、大事に至らなくて本当によかった。

 

 人間、覚悟や用意をした上での衝撃であれば、かなりのレベルまで耐えられるそうだが、無防備な状態となると、そのはるかに小さな力でも命を落とすことがあるらしい。

 

 背後から悪意に満ちたタックルを食らった関学大QBは、だから、よほど幸運だったのか、よほど鍛えていたのか、もしくはその両方だったのか。いまは、身体だけでなく、QBを続けていく上でのトラウマが残らないことを祈る。

 

 日大の選手がやったことは、もちろん許されることではない。ただ、恥ずかしながら、妻ほどには憤慨できない自分もいた。

 もしこれがサッカーの試合で起きたことだったら。W杯やその予選で、加害者が日本選手で、その悪質極まりない反則によって日本が勝利をつかんでいたとしたら。

 

 日大の選手を叩くのと同じ勢いで、テンションで、その日本人選手を批判できるかどうか、自分でもわからないからである。

 

 荒唐無稽な話ではない。4年前のことを覚えていらっしゃる方も多いはずだ。ブラジルのエース、ネイマールは、コロンビアのスニガから背後に膝蹴りを喰らい、あわや半身不随になるほどの大ケガを負わされた。

 

 ブラジル人が激怒したのは当然である。マフィアは殺害予告を出し、スニガの家族にまで脅迫は及んだという。だが、コロンビア人はどうだったか。サッカーを破壊しかねない反則に、コロンビア人も怒りの鉄槌を下したのか。スニガを自国の代表チームから追放したのか。

 

 わたしが知っているのは、FIFAからのお咎めはなかったこと、コロンビア政府が各方面にスニガの保護を依頼していた、ということぐらいである。

 

 FIFAは甘い、コロンビアはぬるいと非難するのはたやすい。だが、やったのが日本人だったとしたら。リードを許して迎えた試合終盤、相手のエースにお見舞いしたキツい一撃に、思わず留飲を下げる自分はいなかったか。いや、下げなかったにしても、その選手に対して何の迷いもためらいもなくペンの矛先を向けられたかどうか。

 

 自信は、ない。

 

 ちなみに、殺害予告までされたスニガがいまも健在なのは、被害者たるネイマールと和解したことが大きかったとされている。面白いのは、一度和解した両者は、その後、再び激しく罵り合う関係にもなった、ということである。

 

 日大を許すかどうかを決めるのは、だから、世論ではなく関学大ではないかとわたしは思う。許すもよし、許さざるもまたよし。そして、もし許されるならば“実行犯”となった選手には、追放ではなく贖罪の機会を――。

 

 まもなくW杯。開幕にあたり、日本だから、日本人だからという理由でダブルスタンダードにはならないように、とも改めて思わされた今回の事件だった。

 

<この原稿は18年5月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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