新井貴浩は、いつからこんなにすごい打者になったのだろう。
6月12日のオリックス戦、アンドリュー・アルバースにカープの各打者がみんな手もなくひねられるなか、新井は5回表2死から、インコース低めに沈んでくるたぶんカットボール系だと思うが、京セラドームのライトスタンドに2号ソロをたたき込んで見せたのである。インコースを見せておいて、最後は外角にスライダーを投げれば打ち取れる、という、かつての「4番新井」とは別人だ。
失礼ながら、阪神時代も、その姿に大きな変化があったとは思えない。黒田博樹とともにカープに復帰したあのときに、彼は化けたのである。それほど大きなできごとだったということだろう。いまや、他の野手が打てないときに打ってくれる、まさに精神的支柱である。
それにしても、この試合、わずか2安打、1-4の完敗である。交流戦に入っても、どうもカープは波に乗れませんね。勝ちゲームでも、最後は毎度おなじみ中﨑翔太の薄氷を踏むピッチングに、ハラハラしなくてはならない。どうも、すっきりしない。
その点、スカッと気持ちよく勝てた試合がある。6月6日の北海道日本ハム戦である。この試合は2-3と1点ビハインドのまま9回裏を迎える。最後は、野間峻祥の逆転サヨナラタイムリーが飛び出した。
サヨナラの瞬間が気持ちいいのはもちろんだが、この展開を呼び込んだのは、8回、9回の投手起用である。
1点とはいえ、ビハインドの展開だからだろう、いつもの「ジェイ・ジャクソン、中﨑」ではなかったのだ。8回はアドゥワ誠、9回は藤井皓哉。このふたりが無失点でしのいだことが、逆転サヨナラを生んだ。
もうひとつ。
翌7日の日本ハム戦は、先発中村祐太が3回に7点を失う大乱調で、早々に勝敗の行方が決まってしまった。不愉快な試合になるはずだったが、実は、ここからが面白かった。
3回途中からリリーフしたヘロニモ・フランスアの投球が、なんというか、素敵だったのだ。
象徴的なシーンをあげる。
4回表、1死無走者で、迎える打者は当たっている中田翔(中田は、当たっていなくても、故郷・広島でのカープ戦だけは打ちまくる)。
1球目は、ストレートが外角高めに大きくはずれた。
2球目。インローへの、たぶんスライダーなのだと思う。左腕独特のクロスファイアーである。実は投げた瞬間、ストレートだと思った。ところが、手元ですっと沈んだのだ。
中田の反応が事態をよく物語っていた。瞬間、あっけにとられたような、不思議そうな表情を浮かべたのだ。おそらく、ストレートだと思って振ったら、ボールが消えたのである。
ただし、直前の近藤健介(ご承知の通り、4割を狙う強打者)は、横に曲がるスライダーで見逃し三振を奪っている。
要するに、フランスアのストレートとスライダーは、リリースの瞬間、全く同じ軌道に見える。おそらく、打者はかなり見分けにくい。面白いピッチャーである。
実ところで、この試合で一番面白かったのは、彼の打席である。とにかく思い切りフルスイングする。ただし、とうてい当たりそうにない。豪快な空振り。素人なら確実に腰を痛める。でも、この日一番の歓声は、彼の打席の空振りで沸き起こった。ここには、カープファンの現在の鬱屈や不満の発露がみてとれる。すっきりしないのだよ、最近の試合は。
9回藤井皓哉という起用が、いつもうまく行くとは思わない。フランスアは先発のチャンスをもらうだろうが、だからといって、必ず抑えられるわけではない。しかし、彼らには、新鮮さがある。すかっとした気持ちよさがある。ここに、前回とりあげた、長井良太の名を加えてもいい。
連覇の主役を担った「タナキクマル」にせよ、勝利の方程式「今村猛・ジャクソン・中﨑」にせよ、やはり疲れはある。それは明らかだろう。だからこそ、3連覇というのは、とてつもない偉業なのだ。
いまカープは、3連覇への最初の正念場を迎えている。そんなとき、どうしても必要なのは、主役の疲れをカバーする新鮮な力の台頭である(冒頭にもどって蛇足を加えるなら、新井のすごさは、今なお新鮮さを保っていることだ)。
(このコーナーは二宮清純が第1週木曜、書籍編集者・上田哲之さんが第2週木曜、フリーライター西本恵さんが第3週木曜を担当します)
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