今季限りで19年のプロ生活に別れを告げた元東京ヤクルトの宮本慎也は、文字どおり“一流の脇役”だった。グラブを持てばゴールデングラブ賞に計10度輝いた内野守備でチームを支え、バットを持てば歴代3位となる通算408犠打を記録し、つなぎ役に徹した。派手さはなくとも確実に仕事をこなすプレースタイルは、野球選手のお手本と言ってよい。しかし、宮本本人は野球少年や若い選手たちに「僕のようなスタイルを最初から目指してほしくない」と語る。来季から評論家として活動する宮本に後輩たちへ伝えたい思いを、二宮清純が訊いた。
(写真:小学1年の息子には「ダルビッシュみたいなピッチャーか、松井秀喜のようなホームランバッターになってほしい」と思っている)
二宮: 引退試合から早くも2カ月が経ちました。そろそろプレーできない寂しさが募ってくるのでは?
宮本: いや、個人的には現役生活には悔いがないですし、練習をしなくていいのでうれしいですね。来年の2月1日のキャンプインの時にどう感じるか分かりませんが、日本シリーズを全戦見させてもらっても、「ここでもう1回プレーしたい」という選手目線の感情は全く出てきませんでした。もう「評論家として、ちゃんと仕事をしないと」という気持ちでしたね。ありがたいことに、いろいろお仕事をいただいて、空いている時間にはゴルフを見たり、息子の少年野球を観に行ったり、楽しい時間を過ごしていますよ。

二宮: 息子さんは野球を始めたばかりとのことですが、名手と呼ばれた宮本さんが教えたら、どんな選手になるのか楽しみです。
宮本: まだ小学1年なので、ヘンな癖をつけることなく、楽しく野球をしてくれればいいなと思っています。少年野球を観に行くと新たな発見もありました。指導者は試合に勝ちたいので、どうしても子どもたちにゴロを打つように教えます。ゴロだと捕って投げるプロセスの中でミスが起きやすい。ただ、日本のホームランバッターが育たない理由はここに原因があるのではないかと感じました。

二宮:「ゴロを打て」と教えるあまり、バッティングが小さくなってしまうと?
宮本: せっかくカーンカーンとライナーでいい当たりを飛ばしているのに、「ゴロを打て」と言われると、わざわざバットの芯を外すような打ち方になる。打球を遠くへ飛ばす素質があって体が大きくなれば、どんなすごいバッターになるか分かりません。その可能性は消さないほうがいいと思いますね。息子が所属するチームの会長さんから「宮本さん、教えてもらえませんか」と話をいただいたので、コーチの方にはその点はお伝えしました。

二宮: その視点は重要ですね。個性を伸ばす指導をしないと、スケールの大きな選手は育たない。
宮本: 僕も昔は王貞治さんや、原辰徳さんといったホームランバッターに憧れました。だから今の子どもたちには、僕みたいに右打ちを徹底したり、バントをひたすらやったり、そんなおもしろくないことはやってほしくない。野球を続けていくうちに、自分がどんなタイプの選手なのかはいずれ分かってきます。その時に方向転換すればいいだけの話なんです。

二宮: 宮本さんのラストイヤー、ヤクルトは残念ながら最下位になってしまいました。最後に優勝したのが2001年。90年代の黄金時代に主力だった宮本さんがチームを去り、野村克也元監督が植え付けてきた強さの遺伝子が失われるとの不安もあります。
宮本: 僕が伝えられることは一応、すべて伝えたつもりです。今のチームは若い選手も多い。僕も彼らの年齢で、すべてのことを理解して実践できていたわけではありません。だから、いつか僕が言っていたことを思い出して、徐々にできるようになってくれればと願っています。ただ、今のヤクルトには、それ以前の問題として、個の強さが足りない気がするんです。

二宮: 少年野球の話題にも通じますが、選手の個性が出てこないと?
宮本: 90年代の強い時期は池山(隆寛)さん、古田(敦也)さん、飯田(哲也)さんなど日本代表クラスの選手がチーム内にいました。その人たちが野村監督の下、自己犠牲の精神でプレーしていたからこそ、戦力の充実していた巨人にも勝てたと思うんです。ところが今は「チームのために」という部分がクローズアップされすぎている感じがします。たとえば無死二塁の場面で、「セカンドゴロを打って進塁打になればOK」とか、「とりあえずバントで進めればいいや」という考え方になっているように見受けられるんです。若い選手には「なんとかライト前にタイムリーを打ってやる」という高いレベルを求めてほしいと思っています。

二宮: チームプレーの前に、まずは個人の能力を上げないと勝てる組織にはなれないということですね。
宮本: チームの勝利に向かってやるのは当たり前です。その前提として、ひとりひとりがまず超一流のプレーヤーになることを目標にしてほしい。若手にその執念や努力が少し不足しているのが残念です。やはりチーム内で日本代表のレギュラーを張れる選手がどんどん出てくるくらいでないと、今の低迷は続いてしまうのではないでしょうか。

二宮: プロに入ってからヤクルト一筋でしたから、来年は評論家として他球団のキャンプや試合を初めて観に行くことになるでしょう。いずれ指導者になる上で参考になる部分も多いのでは?
宮本: それを今、一番楽しみにしているところですね。他球団がどんな練習メニューで、キャンプをしているのかはじっくり見てみたいと考えています。

二宮: 特に注目したい球団は?
宮本: やはり、巨人は全体的に観察したいですね。勝利を宿命づけられている中で、どんなキャンプをやっているのか興味があります。それから中日と西武。中日はピッチャー、西武は野手にどんどんいい若手が出てくる。アマチュア時代は全国区でなくても、中日のピッチャーは球が速いし、西武の野手は主力選手が抜けても、ちゃんと穴を埋められる。ヤクルトの場合は期待しているドラフト上位の選手が、球速が落ちていった上にケガをする(苦笑)。個人的にはドラフト会議で1〜3位指名した選手がきちんと戦力になれば、チームは大崩れしないと思っています。その点で中日と西武はスカウティングの良さに加えて、何か育成面でもノウハウがあるんじゃないか。現役時代からずっと気になっていたことなので、そこは見ておきたいです。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2013年12月28日号)では宮本さんの特集モノクログラビアが掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>