高校、大学ではほとんど無名のピッチャーだった。大学4年時には、プロを諦めかけたこともある。だが、セガサミーの誘いを受けて社会人からのプロ入りを決意。1年目から先発の柱としてチームを牽引し、2年間で都市対抗、日本選手権と全国の舞台を経験した。そして、運命の日。2013年10月24日、プロ野球ドラフト会議でその名は呼ばれた。「浦野博司」。ようやくつかんだプロの世界への思いを訊いた。
―― ドラフト当日は、どんなふうに名前を呼ばれる瞬間を待っていたのでしょうか?
浦野: その日は朝から緊張していました。起きた瞬間からドキドキして……。あんなに緊張したことは記憶にないですね。ドラフト会議の様子は本社で見ていました。既に記者会見場が用意されていて、大勢の報道陣を目の前に部長と2人、テレビを見ていたのですが……。

―― 残念ながら1位では指名されなかったと。
浦野: はい、そうなんです。それで、ひとまず席を外して、別室で見ていたんです。正直、焦りというか、「もしかしたら指名されないんじゃ……」という不安がよぎりましたね。そしたら、日本ハムからすぐに指名されて、バタバタとまた会見場に戻ったんです。呼ばれた時はやっぱり嬉しかったですけど、ホッとしたというのが一番でした。

―― 日本ハムへの印象は?
浦野: ピッチャーを中心とした強いチームというイメージがありますし、何よりも栗山英樹監督を筆頭に、ファンと球団との一体感を感じます。

―― 指名された理由はどんなふうに受け止めていますか?
浦野: 即戦力として期待されているということは十分認識していますので、先発だろうが、中継ぎだろうが、抑えだろうが、どこのポジションでも投げられるように、しっかりと準備して、少しでもチームの勝利に貢献できるようにしたいです。

 社会人最後に浮上した課題

 浦野に初めてインタビューをしたのは、2013年6月。都市対抗への出場を決め、浦野自身の調子も上向きだった頃だ。だが、その都市対抗ではまさかの初戦敗退。続く日本選手権も初戦の壁を破ることはできなかった。エースとしてチームを勝利に導くことができなかったことに、浦野は自分へのふがいなさを感じていたという。当時の心境はどうだったのか。

―― 都市対抗、日本選手権ともに初戦敗退を喫しました。
浦野: 都市対抗の予選が終わってからは、なかなか調子が上がりませんでした。都市対抗本戦は7回途中2失点でしたが、自分としてはまったく納得のいく結果ではなかった。日本選手権もそうでしたが、最後まで納得したピッチングができずに終わってしまったという感じでしたね。

―― その原因は?
浦野: 気持ちに原因があったと思います。少し甘さがあったかなと。ちょっと崩れると、そのままガタガタッといってしまった。序盤に点を取られて崩れるという場面が多かったですね。

―― そこで得た課題とは?
浦野: 初回から勝負への気持ちを強くもっていかなければいけないと思いました。特にこれから勝負するプロの世界では、1球が命取りになる。社会人以上に1球の重みは増すと思いますので、初回から1球1球を大事に投げていかなければいけないと思っています。

 キャッチボール重視のワケ

 大学までは目立った実績がない浦野だが、セガサミーでは不動のエースとなり、社会人では1、2位を争うトップ選手となった。果たして、セガサミーでの2年間で何を学び、何を得て成長したのか。

―― 社会人2年間で得たものとは?
浦野: 自分のピッチングに自信が持てたことが一番ですね。プロを目指してセガサミーに入りましたが、はじめは「社会人でやっていけるのかな」という不安があったんです。そこで結果を積み上げられてきたというのが自信につながりました。

―― 社会人の前後で、最も変化した点は?
浦野: 練習でのキャッチボールへの考え方です。プレッシャーや責任感を感じる試合では、どうしても肩に力が入ったりして、多少はフォームも崩れると思うんです。だからこそ、試合前の練習の時に完璧にしておかなければいけない。キャッチボールでは1球でも抜けたらダメだと思ってやっていますね。

―― 今の自分にとって、野球という存在は?
浦野: あまりにも大きな存在で、言葉でどう表現したらいいのかわかりませんが、とにかく僕は野球でここまできた。もちろんひとりの力ではなく、周りの人たちの支えがあったからこそです。だから恩返しという意味でも、プロの世界で活躍する姿を見せたいと思っています。

 プロでの目標を訊くと、「個人のことよりも、まずは与えられたポジションでチームに貢献できるピッチャーになること」と語る浦野。個人の成績やタイトルは、あくまでもその結果だという。最大の持ち味である「気持ちを前面に出したピッチング」で、1年目からファンを楽しませるつもりだ。

浦野博司(うらの・ひろし)
1989年7月22日、静岡県出身。小学3年から笠原スポーツ少年団で野球を始め、5年から投手となる。浜松工高卒業後、愛知学院大に進学し、1年春からリーグ戦に出場。3年春から主戦投手となり、4季連続優勝に貢献した。リーグ戦通算成績は24勝。3年春、4年春にはMVP、ベストナインに輝く。4年の全日本大学野球選手権大会ではベスト4、明治神宮大会では準優勝。12年にセガサミーに入社し、先発の柱として活躍。同年の都市対抗野球大会では初戦の日本通運戦に先発し、6回1/3を4安打1失点の好投で、チーム3年ぶりとなる本戦勝利に貢献した。13年は第2代表決定戦でJR東日本を1失点完投し、2年連続での本戦出場にチームを導いた。178センチ、70キロ。右投右打

(聞き手・斎藤寿子)

☆プレゼント☆
 浦野博司選手の直筆サインボールを抽選で2名様にプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の冒頭に「浦野博司選手のサインボール希望」と明記の上、住所、氏名、連絡先(電話番号)、この記事への感想をお書き添えの上、送信してください。当選は発表をもってかえさせていただきます。なお、締切は2月7日(金)とさせていただきます。たくさんのご応募お待ちしております。