バスケットボールと出会い、虜になった軸丸ひかるは、地元の川之江南中学校に進学した。同中学のバスケ部は練習が厳しいことで有名だった。それも影響したのだろう。軸丸にミニバス時代の同期は5人いたが、実際にバスケ部に入部したのは彼女を含めて2人だった。

 

愛媛新聞社

 

 

 

 

 そのことについて、軸丸に聞いてみた。群れることが得意ではない彼女にとって、仲間意識はさほどないのかと、思っていた。ところが、彼女の返答は違った。

「すごく残念でした。その4人とは今でも集まるくらいの仲良しですから」

 

 軸丸はバスケを通じて、たくさんのことを学んだという。そのうちの1つが仲間の大切さだった。「仲間がほかの部活を選んでも仕方ないなと思うくらい、バスケ部は厳しかったです」と言い、こう続けた。

 

「練習量は多い。そして、褒めてくれるタイプの先生では確かにありませんでした。でも、その3年間があるから、今があるんだと思います。顧問の先生に恵まれました」

 

 朝晩の練習は当たり前だったが、軸丸は他の生徒より早く学校に行っていた。リングを出す、荷物を運ぶといった準備を終えると、ひとりで黙々とシュートを打った。「準備を早く終わらせれば、練習も早く始められるじゃないですか」と軸丸は屈託のない笑顔で言う。そこにはバスケが好きな少女の姿があった。

 

 母・綾子の印象はこうだ。

「バスケをしているひかるしかイメージにないですね。勉強をしているイメージはなく、バスケだけに取り組んでいた感じでしょうか。バスケをしているのが当たり前。盆と正月以外は学校へバスケをしに行っている。会社員みたいな生活ですよ(笑)」

 

 正義感の強い性格

 

 練習は確かに厳しかった。1,5キロのランニングコースを競争することが通常メニューだ。持久走が速い組と、遅い組に分かれる。負けず嫌いの軸丸は速い組でも一番だった。

 

 顧問の先生は厳しかったが、生徒たちの言葉に耳を傾けてくれた。軸丸の言う「顧問の先生に恵まれていた」とは、こういうことだった。

 

「私は正しいものは正しい、間違っているものは間違っているとはっきり言ってしまうタイプです。先生が怖くても“これはわかりません”“これは間違っていると思います”と伝えていました。

 すると先生は私の意見をしっかり聞いてくれた上で、“確かに間違っていたかも”と言ってくれたり、“あたなの言うことも一理あるけど、でもそれだけじゃないよ”と親身になって教えてくれたんです」

 

 悲しいかな、体育会系の部活はすべてがこういった環境とは限らない。顧問の指導に意見をすることを良しとしない部活も少なくない。だからこそ軸丸は「指導者に恵まれた」と口にするのだ。母・綾子も「ひかるは本当に周りの方々に恵まれていると思います。だから、感謝の気持ちを大切にしてほしい」と語る。

 

 中学時代、軸丸の最高成績は2年の時だった。県大会を勝ち上がり、四国大会に進出した。3年生の時は県のベスト8。その名を全国区に知らしめるまでには至らなかった。

 

 3年の冬。嫌でも進路を決めないといけない時期である。それでも進路について軸丸は悩んでいた。

 

 そんな軸丸の姿を見ていたバスケ部の顧問は、軸丸を誘い、広島へ向かった。高校バスケの3大大会の1つ、ウインターカップを生で観戦させるためだった。軸丸はそこで心の霧が晴れ、ある決断を下すのであった。

 

第4回につづく

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軸丸ひかる(じくまる・ひかる)プロフィール>

1997年11月26日、愛媛県四国中央市生まれ。小学1年からミニバスケットボールを始める。川之江南ミニバスケットボールクラブ-四国中央市立川之江南中学-聖カタリナ女子高校(現聖カタリナ学園高校)。ポイントガード。オフェンス、ディフェンスともに総合力の高さが売りのプレーヤー。聖カタリナでは2年時からレギュラーの座を掴む。2014年度のインターハイとウィンターカップでチームを3位に導いた。高校時代には年代別の日本代表にも選出された。白鴎大学バスケットボール部入部後、レギュラーとして活躍。身長167センチ。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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