軸丸ひかる(白鷗大学バスケットボール部/愛媛県四国中央市出身)第4回「体が震えた瞬間」
軸丸ひかるは中学3年生の12月、バスケットボール部が強い地元の高校か、全国レベルの強豪校である聖カタリナ女子高校(現聖カタリナ学園高校)に進学するか悩んでいた。
<2018年7月の原稿を再掲載しています>
本心としてはカタリナに行きたい気持ちが強かった。だが、「カタリナは全国レベルの高校。私は県大会、四国大会止まりで全国レベルを経験したことはない。だから“大丈夫かな”という迷いがありました」と軸丸は言う。
母の厳しい質問
悶々と悩む軸丸の姿を見たバスケ部の先生は彼女を車に乗せて広島県に向かった。12月に行われる高校バスケの3大大会の1つ、ウインターカップを軸丸に観戦させるためだ。そこで彼女の心の霧が晴れたのだ。
「今でも覚えています。カタリナのバスケを見て体が震えました。とても速くて、個人技もうまい。ディフェンスもすごくて、魅力的でした。ワンプレーごとに魅了されるんです。“私もここで日本一になりたい”と思ったんです」
そして年末、冬休み中にバスケ部の先生たちと軸丸、母の綾子で面談を行った。当時のことを母は、こう振り返った。
「急に学校に呼ばれたんです。この時に初めて本人がカタリナに行きたいと知ったんです。それまでひかるには“高校、どうするん?”って聞いても“えー、まだわからん”と言っていました。カタリナの推薦願書提出の締め切り日がもう間近だったので、考える余地すらなかったんです」
母の本音としては反対だった。カタリナに入学するとなると、寮に入らなければならなかった。「高校で家を出る話を聞くなんて思っていなかったので、心配でした」。願書の提出も迫っている。母は厳しい質問を娘にぶつけた。
「“普通の高校じゃないんよ? 強豪校だからベンチに入れないかもしれんよ? 3年間、ユニフォームすらもらえないかもしれないんよ? それでも、あんたは行くん?”と言ったら、“行く”とひかるは答えました。もう、本人が行くって言うんだったら、しょうがない。頑固なところもあるので、こっちが折れるしかないなと思いました(笑)」
春になり軸丸はカタリナに入学した。現在は共学だが、軸丸が通っていた当時は女子高だった。地元の公立小学校、中学校出身の軸丸にとっては初めての環境である。本人に感想を聞くと笑みを浮かべてこう、答えた。
「女子高はすごく楽しかった。女子は男子がいるとおとなしくなる。でも男子がいないから、女子だけでバカみたいふざけられるんです。私はスポーツクラスだったんですけど、みんなでワイワイと騒げて楽しかった」
しかし、バスケに関しては始めからうまくはいかなかった。
「中学までは県選抜とかにも入って、スタートから試合に出場できたりと、うまくいっていたんです。でも、高校に入って何ひとつプレーが通用しなくてびっくりしました」
“ののまる”コンビで学級改革
また、1年生の時に同期とぶつかってしまう。その同期とは宮城県の中学からカタリナに入学した細貝野乃花(現早稲田大学バスケットボール部所属)である。細貝はアウトサイドからのシュートを得意とするシューティングガードだ。軸丸と細貝はのちに、息の合ったプレーで観る者を魅了するコンビとなる。だが、お互いに最初の印象は良くなかった。
細貝にインタビューした際、「高校に入って初めてのケンカ相手は軸丸だった」と語っていた。それを軸丸に伝えると、「野乃花の記事も読みましたよ」と笑いながらこう続けた。
「寮生活で一緒にいるから“ダメなものはダメ”と言わないといけない、と思って。私も言ってしまうタイプだから、それで最初、お互い気まずくなって……。方言でもお互いにイライラしていたので“何? その言い方?”みたいな感じで喧嘩しましたねぇ(笑)」
取材中、この話になるとピリピリするのかと思いきや、そうでもない。2人ともこの話をしている時が一番笑顔だった。このエピソードにはオチがある。最初は方言の違いでぶつかっていたが、しまいには細貝に愛媛の言葉が伝染し、ハッピーエンドを迎えた。
雨降って地固まるとは、よく言ったものだ。この2人の関係は良い方向に転がった。軸丸は「女子高は楽しかった」と語ったが、時間が経つにつれ、クラスメイトに慣れが生じ始めた。羽目を外す者が多くなり授業にならないことも増えた。叱られて授業時間が伸びる。それが原因で部活の練習に遅れることがあった。ここで手を取り、立ちあがったのが軸丸と細貝の“ののまる”コンビだった。
「野乃花と“このままの状況ではダメだよね”と。“私たちで学級委員長と副学級委員長をやろう”と話して、立候補しました」
軸丸は仲間たちにクラスの現状を変えたい、という思いも学級委員立候補時に話した。その甲斐もあり、クラスは良くなったという。
才能豊かなプレーヤーが全国を経験
さて、話をバスケに戻そう。2年生になると軸丸は3ポイントシュートが武器の細貝とともにレギュラーに抜擢される。2年生でスタートから出るメンバーはこの2人だけだった。あとの3人は3年生。細貝は「2年生だし、まだミスも多かった。でも、しんどい時にコートの中で私を支えてくれたのが軸丸だった」と述懐する。一方、軸丸は細貝のメンタルの強さに驚いたという。
「先輩たちがうまかったんです。だから、邪魔をしないようにと思っていました。野乃花はすごかったですよ。積極的にプレーしていました。シュートが(彼女の)武器なんですが、“え、このタイミングで打っちゃうの?”という時に打って決めてしまうのが野乃花。自分は勇気も自信もなかった。だから、ミスをしないように心掛けていました」
この話を聞いた時、2年生にして大人だなと感じた。カタリナというチーム自体、小柄ながら機動力を活かした躍動感あふれるプレーが魅力だ。砕けた言葉を使えばイケイケなバスケを展開する。だが、全員が全員、リスクばかり冒していてはゲームにならない。軸丸が一歩引いた目線で戦況を観察していた証左である。自信や勇気がないというのは、彼女なりの謙遜なのではないのか、とも思った。
だが、この考えと真逆の意見を持った人物がいる。それは母・綾子だった。母は2年生の時の娘のプレーについて、「こんなことを言ったら、ひかるに“そんなことない”と怒られるかも」と前置きした上で、こう語った。
「2年生の時は“先輩あっての自分”という考えがあったのかなと思いました。“どうして今の場面、積極的に行かんの!”“もっと、こうすればいいのに!”と(笑)。やっぱり、私も少しバスケをかじっていた分、思うこともありましたね」
強豪校で試合に出場し、経験値を積んだ軸丸。全国大会はインターハイとウインターカップで3位という好成績を残した。スピードに長け、バスケスキルも高かった彼女がついに全国のレベルを肌で感じることができた。そして、迎えたカタリナでの最終学年。彼女を待つのは明るい未来か、心が折れるほどの絶望か――。
(最終回につづく)
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<軸丸ひかる(じくまる・ひかる)プロフィール>
1997年11月26日、愛媛県四国中央市生まれ。小学1年からミニバスケットボールを始める。川之江南ミニバスケットボールクラブ-四国中央市立川之江南中学-聖カタリナ女子高校(現聖カタリナ学園高校)。ポイントガード。オフェンス、ディフェンスともに総合力の高さが売りのプレーヤー。聖カタリナでは2年時からレギュラーの座を掴む。2014年度のインターハイとウィンターカップでチームを3位に導いた。高校時代には年代別の日本代表にも選出された。白鴎大学バスケットボール部入部後、レギュラーとして活躍。身長167センチ。
(文・写真/大木雄貴)