第100回全国高校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園に、今年、3年生として出場する世代は、2000年生まれのミレニアム世代とも呼ばれ、高校に入学したときから「スーパー1年生」として注目を集める選手が多かった。いよいよ彼らが3年生として戦うわけだ。

 

 その代表格が根尾昴(大阪桐蔭)だろう。投手、内野手、外野手をこなす抜群の身体能力が高く評価されてきた。

 

 西が根尾ならば、東の「スーパー1年生」として当時よく取り上げられたのが、万波中正(横浜高)である。それを証明するかのように、1年生の時の神奈川県予選で、横浜スタジアムのスコアボードを直撃する大ホームランを放って見せた。まるで、柳田悠岐(福岡ソフトバンク)ばりである。

 

 ところが、去年の神奈川県予選を見て、驚いた。2年生になった万波はたしかに出場していたけれども、まるでタイミングが合っていないのだ。これじゃ、三振するのでは、と思って見ているとやっぱり三振する。そんな打席を繰り返していた。人間、誰しも、かならずしも順調に成長できるわけではないけれど、果たして自分のバッティングを取り戻すことができるのだろうか、と不安になるような状態だった。

 

 天性のスラッガー

 

 そして今年。横浜は3年連続の甲子園出場を決めた。南神奈川大会の決勝は、7月29日。鎌倉学園との一戦である。

 

 横浜が2-0とリードして迎えた3回表のことだ。

 無死二塁のチャンスで打席に4番万波。

 

 じつは、私にはこのように見えた。鎌倉学園の小島和也の初球はアウトローのストレート。これを万波は軽く当てるようなスイングをした。ところが、打球はあっという間にレフトスタンド上段まで飛んでいった……。

 

 あくまで印象はそうだったのだが、まちがいである。小島が投げたのは変化球だった。「膝元に落ちた変化球を完璧に捉えた」(「日刊スポーツ」7月30日付)などと報じられている。

 

 よくよくビデオを見直してみると、ツーシームなのだろうか、右打者の外角低めから沈みながらやや中に入ってくる軌道のボールだった。それをコツンと軽打したように見えてしまったのだが、レフト上段に運んだだけあって、見直してみると、さすがにしっかりスイングしている。

 

 なにか、ここには、天性の長距離打者の条件が隠されているように思えるのだ。なぜ、コツンと当てたように見えたのか。おそらく、インパクトまでに力みとか無駄な動きがなかったから、力感が感じられなかったのだろう。もうひとつには、スイングスピードが速いから、よけいな動きが見えず、かえってシンプルに当てたように見えたのではないか。

 

 じつは、この春は不振でメンバー落ちも経験したのだそうだ。それもわかるような気がする。去年の夏の姿を思い出せば、横浜でレギュラーをとるのは難しいだろう。しかし、県大会では打ちまくって、打率5割4分2厘をマークしている。この振幅の大きさは、魅力だ。構えを見ても、まだ、完全にしっくりきているようには見えない。それでも、軽く横浜スタジアムの上段にもっていけるのである。彼こそは、天性の長距離打者である。

 

 将来、ウラディミール・バレンティン(東京ヤクルト)のような打者になってほしいと願う。

 

 力感のない一発

 

 さて、プロ野球でも、さきごろ驚くべきホームランを見た。

 7月26日のソフトバンク-千葉ロッテ戦である。

 

 試合は5-1とロッテがリードして、9回裏のソフトバンクの攻撃を迎える。

 ロッテの投手はクローザー内竜也。

 試合はこのように進む。内川聖一ヒット。中村晃凡退。松田宣浩ヒットで一、二塁。代打・西田哲朗タイムリーで2-5。今宮健太凡退で2死二、三塁。

 

 ここで迎える打者は上林誠知。

 内はワンバウンドになりそうな低めに落ちるボールを投げた。これを、上林がスコーンと拾う。ああ、ライトフライで試合終了かな。

 ところが、打球は思ったよりも大きく、どんどん伸びていって、なんと右中間スタンドへ、同点3ランとなったのだ。

 

 さきほど、万波のときは、「コツンと当てるような」と言ってみた。同じようなことが、ここでも起きている。ワンバウンドになりそうな地上すれすれの落ちてくるボールを「スコーン」とバットで拾い上げるようなスイングに見えた。そこには、それこそメジャーリーガーが腕力でバットを振り切るような力感はない。

 

 ただ、「コツン」にしろ「スコーン」にしろ、ボールをシンプルに打ち抜いたがゆえの、雑音のなさというか、静かさがあるのではないか。

 

 正直に言っておこう。上林は、仙台育英高の時代から、いわゆるプロ注目の選手だった。ただ、個人的には、どうもスイングが弱いように見えて、好きになれなかったのである。それが、とんだメガネ違いであることは、もはや歴然としている。4年目の今年、打率は2割6分4厘だが、すでにホームラン15本である(8月2日現在)。彼もまた、長距離打者の素質を開花させ始めているといっていい。

 

 その本質はなにかといえば、ボールをピンポイントで射抜くような、静かで強いスイングだと言えるのではないか。

 

 力強さも1つの条件

 

 とはいえ、スラッガーは「静かさ」とか「軽み」だけがすべてだというわけでは、もちろんない。

 

 今度は、8月2日の広島-東京ヤクルト戦から。試合はヤクルトが10-4と大勝したのだが、それはいいとして、まず、7回裏の山田哲人。

 

 広島の投手・薮田和樹はたしかにど真ん中高めにストレートを投げた。山田はこれを、それきた、とばかりに強振して左翼上段に叩き込む2ランとした。彼は強振した。そこには、明らかにホームランを狙う力強さがあった。

 

 しかし、左足を大きくあげるあの独特の動き以外、体はぴたりと動かない。ここに、今季すでに25号とホームラン王も狙える理由がある。力強さの裏に、体の「静かさ」が宿っているのだ。

 

 もう1人。8回表。広島のアレハンドロ・メヒアは、ヤクルト・近藤一樹の低めに沈むスライダーだろうか、力の限りぶっ叩いた。打球は低く強烈なライナーとなって、そのままレフトスタンドにつきささった。カウント2―2からの一撃だったが、初球から打ち気マンマン、ブンブン振ったあげくの一発である。ここには、「静かさ」なんてものは無縁である。ひたすら力強くものすごいスイングスピード。

 

 同じ低めに沈むボールでも、上林とメヒアでは、打ち方はずいぶん違う。いわば、もっとも無駄をそぎ落とした捉え方から、力の限りの捉え方まで。そのいずれもが長距離打者の素質だとすれば、彼らに問われるのは、この分布図のどこに自らを位置づけて研鑽に励むか、ということなのだろう。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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