人並みにFIFAワールドカップは見る。といっても、それより、広島カープは菅野智之(巨人)をどう打つのか、というほうに興味がいったりするので、熱心な視聴者とはいえない。それでも、わかることがある。

 

 今回の日本代表の主力選手たちは、ほぼ、前回のブラジル大会にも出場している。ということは、グループリーグ敗退の屈辱を経験している、ということだ。具体的には、本田圭佑しかり、香川真司しかり、長友佑都しかり……。彼らはみんな、前回よりも、圧倒的にアグレッシブに見える。惜敗したベルギー戦など、その典型でしょう。

 

 これはなぜだろうと考えてみると、彼らにとっては、今回は4年前の雪辱戦、リベンジの場なのだ。その思いが、日常以上の力を出させたのではないか。

 

 したがって、監督も、場合によっては本田や香川や岡崎慎司を外しかねない(実際に外したかどうかは分からないが)ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督ではだめで、順当に選出する西野朗監督である必要があったのだ。監督交代の実際の理由はさておき、少なくとも、前監督では、4年前の雪辱という物語が生み出す、常ならぬ力を引き出すことはできなかったはずだ。

 

 記憶が構成する物語が選手の力を刺激する、ということは、野球にも起こりうるだろう。その点で、そろそろ気になるのが、広島である。

 交流戦で7勝11敗と苦戦して、やはり3連覇は難しいのかとおもったら、リーグ戦にもどっていきなり6連勝。その後も着実に勝ち星を増やして、じりじりと3連覇に近づきつつある。

 

 となると、広島の選手たちの記憶が甦るはずだ。そう、2連勝後の4連敗で一敗地にまみれた2016年の日本シリーズである。今年は、その雪辱をしなくてはならない(その前にCSがあるけれど、今はおいておく)。

 

 たとえば、2勝2敗で迎えた第5戦。1-1の同点、9回裏。カープのクローザー中﨑翔太は北海道日本ハム・西川遥輝にサヨナラ満塁ホームランを浴びた。相手が日本ハムになる保証はないが、ともあれ、そのリベンジはしなくてはなるまい。今回のサッカー日本代表を見る限り、その記憶が、いいほうに力を与えてくれる可能性はある。

 

 今年の中﨑は、いつも綱渡りのようなクローザーぶりである。たとえば、7月4日の東京ヤクルト戦。8回まで完封ペースできた先発クリス・ジョンソンが9回につかまる。1死一、三塁でリリーフした中崎は、タイムリーを浴びて4-2と追い上げられたうえ、2死満塁、カウント3-2という究極の局面まで招いてしまう。ここで、打者・川端慎吾のインローいっぱいにストレートを投げ込んで見逃し三振、ゲームセットとなるのだが、ほんとうにぎりぎりのセーブだった。

 

 ただし、このように、絶体絶命の状況を招きながら、なんとか抑えることが多いのも事実だ。もしかしたら、彼の深層心理の中に、いわば無意識的にあの西川の満塁ホームランの記憶が甦って、それを力に変えられるのかも知れない。少なくとも、これから徐々に日本シリーズを意識せざるをえなくなるだろう。その記憶の力が、どのように作用するか、見所ではある。

 

 大谷の復帰

 

 あの日本シリーズでは、大谷翔平は、第1戦先発のあと、3番DHに入っていた。彼にとっては、足首を故障した因縁のシリーズでもある。

 

 なにもかもが、入団から順調に進んでいた大谷にとって、この故障は計算外だったに違いない。その経験は、今回の右肘故障というアクシデントに、どのような影響をおよぼしたのだろうか。

 

 7月3日(現地時間)のマリナーズ戦に、打者として復帰したとき、瞬間的に、これはまずいんじゃないかと思った。

 結果だけ見ても、4打数無安打、3三振と、いいところがなかったが、それだけではない。三振の仕方が、おおいに気になったのである。

 

 まず、第1打席の見逃し三振。このとき、腰が「く」の字になっていた。ぐいっと腰を入れて回転するのが大谷なのに、これは、もしかして、腰が引けているのではないだろうか。

 

 あるいは、第3打席や第4打席で空振りしたとき、踏み込んだ右足を、すぐに大きく横に踏み出している。そりゃあ、空振りすればそうなるのかもしれないが、粘りもなく、あまりにもあっさり踏み出すように見えた。つまり、下半身の備えが、定まっていないのではないか。

 

 要するに、急ごしらえで復帰したため、体がまだ仕上がっていないのではないか、と勝手に心配したのである。

 

 右肘内側側副靱帯損傷と診断されたのが6月7日である(8日に故障者リスト入り)。以来、まだ1カ月もたっていない。将来ある身なのだから、ここで急ぐ必要はまったくないのに。焦って再発したら、最悪ではないか。

 

 と、不安になるのもファンのつとめと、鼻で笑われるかも知れない。翌4日のマリナーズ戦では、早くも2安打放って見せたのだ。

 

 まず、第2打席。打ったのは、体の側からインローに沈んでいくシンカーだと思う。これをものの見事に引っ張ってライト前ヒット。第4打席は、一塁線を破る二塁打。

 踏み込んだ右足は、しっかり地面を捉えているようだし、腰が引けているような様子は一切ない。復帰初日は、たんに、実戦から遠ざかっていたために、ちょっと感覚が戻らなかっただけで、一晩で修正したということなのだろうか。

 

 体の記憶、いわば筋肉の記憶が一日にして戻るとは。それだけ適応能力が優れているのだ、と結論するしかないが、ちょっと、きつねにつままれたような話ではある。

 

 いずれにせよ、サッカー日本代表に刺激されて、記憶が呼び覚ます力、というものも意識しながら、後半戦を見てみたいと思う。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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