どん底から這い上がろうとしている男がいる。
 小笠原道大、40歳。今季、FA権を行使して中日に移籍してきた。通算2080安打、377本塁打を誇るバットマンも、ここ3年は大スランプに陥った。2011年以降の成績は、わずか打率.222、6本塁打、32打点。年齢からくる衰え、故障、低反発の統一球……。さまざまな原因が取り沙汰されながら、小笠原は決してバットを置かなかった。迎えた新天地では、広いナゴヤドームでオープン戦第1号を放つなど、復活の兆しをみせつつある。最後の勝負をかけるベテランに、二宮清純がインタビューした。
(写真:「(48歳の)山本昌さんに比べれば、まだまだヒヨコ」と笑う)
二宮: 今回、移籍した中日は小笠原さんにとって3球団目です。ここ数年、不本意な成績に終わりましたから、心機一転、今までのシーズン以上に心に期するものがあるのでは?
小笠原: まぁ、もうやるだけですからね。まずは今年をしっかりやって、その中で先が見えてくる。何と表現していいのかわかりませんが、かえって新鮮な気持ちなんですよ。

二宮: “新鮮”ですか。それはまた独特な感覚ですね。
小笠原: プロ18年目にして、また新しい環境で野球ができますし、しかも監督がプレーイングマネジャー。そんなチームでプレーできるのは、自分にとってプラスになると思っています。

二宮: 監督が選手兼任というのは、選手としても気持ちが違いますか。
小笠原: 監督は選手として自分の練習もしなくてはいけないのに、なおかつ全体を見なくてはいけない。一息入れる時間もなさそうで、大変だろうなと思いながら見ています。でも、それをやっているのだから本当にすごい。見ているだけでも勉強になります。

二宮: 森繁和ヘッドコーチに訊くと、「小笠原はチームにいい影響を与えている」と言っていました。「朝も一番早く来て、最後まで練習するから、その姿が若手に刺激を与えている」と。
小笠原: でも僕は練習を見せるためにやっているわけではないですからね。自分が必要と思うからやっているだけです。それを周りが評価していただけるのはありがたいし、結果的にいい影響を与えられればいい。まぁ、間違ったことをしていないのであれば、できる限り継続していくつもりです。

二宮: 今季、輝きを取り戻すにあたり、取り組んでいるテーマは?
小笠原: 自分の体、仕組みをもう一度見つめ直していますね。年々やっていく中で、今までのようにうまく使えていないところも少なからずあったのだと思います。それらをひとつひとつチェックしていきながら、自分のイメージと実際のスイングをすり合わせている段階です。まだ、すべてがうまく一致しているわけではありませんが、施行錯誤をしながら、徐々にいい方向に向かえばいいと感じています。

二宮: 体の仕組みというと具体的にはどのようなポイントになるのでしょう?
小笠原: やはり基本である下半身の使い方ですね。シンプルに考えると、何をするにしても、そこが一番大事ですから。

二宮: 40歳を迎えて、衰えも指摘される年齢です。その点はどうとらえていますか。
小笠原: 「全くない」と答えたらウソになりますね。多少の自覚はあります。だから、キャンプ中の練習にしても、昔のようにやみくもにやっているだけでは疲労が取れにくくなってケガにつながってしまう。しかも中日のキャンプは6勤1休が基本。練習時間も長いですから、自分の体調と相談しながらやっています。「もう少しいける」と思えば練習を続けますし、「今日はやめておこう」と感じたらポイントだけを確認して早めに切り上げたり、日によって変えました。

二宮: そのあたりは年齢とともにセーブする自分もいると?
小笠原: ただ、あまり気にしすぎると先には進めませんからね。ブレーキをかけっぱなしでは次の段階に行けない。行けると思ったらアクセルを踏むことが必要な時もあります。ブレーキをかけつつもアクセルを踏む。このバランスをとるのが一番、難しいですね。

二宮: 2010年までと、2011年以降とでは天国と地獄のような成績の落差があります。さまざまな要因が指摘されましたが、小笠原さん自身は何が原因だと分析していますか。
小笠原: いろいろなことが重なったのでしょう。ヘンな癖がついて、それを修正していくうちにタイミングがどんどんずれていく。それでも何とか打とうとするから形も崩れていく。対処すれば対処するほど、すべてがおかしくなって、頭の回路も混乱してしまった感じがします。

二宮: 2000本以上のヒットを積み重ねてきたバッターでも、ちょっとしたことでバッティングが崩れてしまう。それほど繊細だとも言えますね。
小笠原: きっと正しい感覚、正しい状態であれば、多少、ケガをしていたり、調子が悪くても打てるんです。でも、どこかが崩れてしまった状態では何をやっても打てない。やればやるほど違う方向に行っていました。

二宮: 現状、すべてが狂った状態からは脱出できたのでしょうか。
小笠原: 去年のスタートから、もう1回、自分自身をリセットしてバッティングに取り組みました。その中でだいぶ兆しが見えてきたんです。だから、今年も継続して取り組んでいます。

二宮: 復調の兆しはどのあたりに感じているのでしょう。
小笠原: 繰り返しになりますが、下半身の使い方がしっかりしてきました。体の仕組みが正しい状態に戻ってきて、バランスを取り戻しつつある。もちろん、まだ100%ではありませんが、練習で数をこなしていくなかで自分のイメージと一致する確率を高めたいと考えています。

二宮: 正直、小笠原さんほどのバッターが3年ももがき苦しむと、引退が頭をよぎることもあったのでは?
小笠原: たぶん、この年齢で3年も結果が出なくて現役を続けている選手なんて、おそらく僕くらいのものでしょう。だからこそ、この3年間はかけがえのないものなんです。誰も経験していないことを僕は経験できた。その中でしか見えないもの、体感できないことに触れられたと今は思っています。自分の幅は確実に広がりましたね。

二宮: すべてが地獄ではなかったと?
小笠原: 成績だけみれば、地獄かもしれません。でも、この3年間がなかったら、僕の人生はまた違った方向に行っていたでしょう。特に昨季はほとんど2軍暮らしで、自分を見つめ直すことに時間を費やせました。人生、一度はストンとエアポケットに落ちることが必ずある。だから、今回のような経験をしておけば、この先の人生で何があっても対応できる気がするんです。その意味では、この3年はお金では買えない貴重な経験を積めました。

二宮: では、今季こそはその経験を結果につなげる年になりますね。本当の大勝負をかける姿をファンも期待していると思います。
小笠原: まぁ、勝負といえば勝負ですが、この世界は常に1年1年が勝負。だから、そこはむしろ気負うことなくやっていきます。これまでと同じスタンスで引き続き、自分のやれることをやる。チーム内で与えられたポジションに対して、できる仕事をやって勝利に貢献したい。そのために日々、やっているだけなんです。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2014年3月15日号)では小笠原選手の特集モノクログラビアが掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>