「賢く走る」とは何か。

 アンドレス・イニエスタを見ていると、それがよくわかる。

 

 決して走っていないわけではなく、かと言って終盤になってもヘトヘトという感じはまったく受けない。動きにメリハリがあり、最後まで相手にとって脅威の存在であり続けている。ポジショニングも実に効いている。

 

 イニエスタの加入によってヴィッセル神戸はポゼッションスタイルへの移行を加速させている。「バルセロナ型」を目指すのであれば自分たちが走るよりも、ボールを走らせ、相手を走らせたほうがいい。

 

 ヴィッセルの公式サイトには試合のトラッキングデータが表示されている。今季開幕当初、チームの総走行距離が115kmを上回る試合が続いたものの、イニエスタが加入して以降はその数字も劇的に変化してきた。

 

 2-1で勝利した8月11日のホーム、ジュビロ磐田戦は99.51km(ジュビロ100.89km)、1-1で引き分けた4日後のホーム、サンフレッチェ広島戦は101.27km(サンフレッチェ106.44km)。2-0で勝った8月19日のアウェー、湘南ベルマーレ戦は113.86km(ベルマーレ118.80km)である。3試合平均のボール支配率は56.8%。夏の連戦という要素はあるものの、走量を抑えつつポゼッション率を高めている。

 

 特に100km以下だったジュビロ戦は、ボールを保持してゆったりとしたペースながらも勝負どころでギアを上げていた。その中心にイニエスタがいることは言うまでもない。

 

 この3試合におけるイニエスタの走行距離はジュビロ戦9.41km、サンフレッチェ戦9.18km、ベルマーレ戦10.85km(いずれも出場時間は90分間)。チーム平均に近い数値であることも興味深い。

 

 イニエスタ1人の「賢く走る」が、チームの総走行距離を減らしている。そのことについてルーキーの郷家友太がこう説明してくれた。

「いつもならバタバタしてしまうところでも(イニエスタが)落ち着かせてくれる。ちょっと時間を置いてくれるので、チームとしても一度落ち着いてボールを回すことができるようになってきました。

 

(走る量が変わってきたのは)やはり守備する時間と攻撃する時間が変わってきたから。攻撃の時間を長くして、いい意味であまり走らずに勝つことができればいいと思うんです」

 

 イニエスタの落ち着きが、チーム全体の落ち着きをもたらすということ。慌てず、丁寧にプレーしていけば、パワーを余計な走りに注がなくて済む。

 

 攻撃で違いを見せるため。

 欧州でイニエスタと対戦経験のある中村俊輔が、彼の走りについてこう語ったことがある。

 

「走量を抑えているので、ボールを持ったときにパワーがあるし、疲労も少ないからミスもしない。そうなればよりいいパス回しができるわけで、試合が進むにつれて勝つ確率が段々と高くなってくる。

 

 逆サイドにボールがあるときは歩いてパワーを溜めていたり、ボールが来ると思ったらバックステップを踏んで開いたりして無駄な動き、余計な動きをしない。年齢を重ねるにつれてサッカーIQが高くなっているという印象を受ける」

 

 テクニックと同様に、ポジショニングを含めたイニエスタの「動き」「走り」から学べることは多い。“生きた教材”からたっぷりと吸収していくことがJリーグ、ひいては日本サッカー全体のレベルアップにつながると言える。


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