野村謙二郎や前田智徳が後輩からいじられたという話は聞いたことがない。しかし、今季限りでの引退を発表した新井貴浩は、よく後輩からいじられていた。

 

 新井は1999年のドラフト6位入団である。1位は敦賀気比高からやってきた東出輝裕(現1軍打撃コーチ)だった。

 

 同期とはいえ、高校出と大学出では4つ齢が違う。ところが、当時のコーチによると、東出はしばしば新井に“タメ口”をきいていたという。たとえば守備において、東出がすぐにマスターできたことを、新井は自分のものにするのに随分、時間がかかったからである。

 

 コーチや先輩からは、「オマエは下手くそやなァ」とバカにされた。それでも新井は一度も音を上げなかった。愚直という言葉が、これだけぴったり当てはまる選手は、そうはいない。

 

 私見だが、広島には「愚直」の伝統がある。この4月に亡くなった“鉄人”衣笠祥雄や黄金時代のリードオフマン高橋慶彦が、その源流に位置する。

 

 衣笠には酒を飲んでいる最中、ふと閃いてバットを振り始めたというエピソードがある。スイッチヒッターに転向した高橋は手の皮がベロリとはがれるまで左打ちの練習を繰り返した。

 

 近年、こうした猛練習は非科学的の一言で片付けられることが多くなったが、若い時期は「愚直」に取り組むことも必要ではないか。その意味で新井は“最後の叩き上げ”だと言えるかもしれない。

 

(このコーナーは二宮清純が第1週木曜、書籍編集者・上田哲之さんが第2週木曜、フリーライター西本恵さんが第3週木曜を担当します)


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