立川新が柔道を始めたのは3歳からである。彼を近所の川之江道場に連れていったのは経験者の父・昭宏だった。

 

(2018年9月の原稿を再掲載しています)

 

 父は入門当時の息子の様子を振り返った。

「新が柔道を始めた時は、道場で一番年下でした。年の離れたお兄ちゃん、お姉ちゃんたちに混ざって稽古をしていたんですが、周りのみんなが本当に新を可愛がってくれました」

 

 父が立川に柔道を始めさせた理由はこうだった。

「礼儀作法を学んで欲しかったんです。あとは、目上の人にきちんと敬語で話し、年下の子供には気遣いができて、優しくしたり……。他人に敬意を払えるような人間になって欲しかったんです。強くなるのは、柔道をやる上においての話で、一番は柔道を通して、こういったことを学んで欲しかったんです」

 

 道場は老若男女が集まる場だ。様々な人と接することのできる“教育の場”でもある。父の最大の想いはここにあった。過日、立川を取材した時、とても丁寧に、誠実に1つ1つの質問に対応してくれたのが印象的だった。それは彼の父親に話を聞いた時も同様の印象を受けた。

 

 川之江柔道会は見ると小さい町の道場で和気あいあいとした雰囲気だった。みんながみんなに優しく接していた。だが、立川の様子を父は「最初は体が小さいこともあり、試合ではずっと負けて泣いていました」と語り、こう続けた。

 

「泣くということは、悲しいということでしょう。“泣くのが嫌だったら、負けるのが嫌やったら自分が強くなればいいんじゃないの”と新には言いました。人と同じことをしても差は縮まらない。勝つためには人と同じ練習をしていたのではダメ。“本当に勝ちたいんだったら、人の倍はやってみなさい”という話をしたことがあります」

 

 立川に「幼少期はどんな少年だったのか」と聞くと「負けず嫌いだった」と鋭い目つきで返した。「負けて泣いていた」という少年の逆襲はここから始まったのだ。

 

 年齢的な問題もあり、立川は周りと比べて体が小さかった。まずは柔道の技術云々より基礎体力を上げる方が先決だった。立川と父の話を照らし合わせていくうちに、今の彼の柔道スタイルのルーツのようなものが見えてきた。

 

 稽古以外の鍛錬

 

 立川少年が勝つために道場の稽古以外で行なったことはいくつもある。

 

 まずは早朝5時に起床してのランニング。父・昭宏曰く、小学1年生ですでに3キロから5キロは走っていたという。父も息子のランニングに付き合った。立川以外にも、近所の年齢の近い道場生やその親たちも輪に加わり、一緒に汗を流した。

 

 父は懐かしそうに、こう口にした。

「ひとりでやるとなると結構、つらいですからね。何人かで協力して“みんなで強くなろう”と走っていました」

 

 小学校の低学年の時から足場の悪い山道もダッシュで駆け上がった。ただ走るだけではなく、鬼ごっこを兼ねるなど遊びの要素を取り入れたメニューもこなした。こうして、低学年のうちに体力と足腰を鍛えた。だが、負けず嫌いの立川がこなしたメニューはこれだけにとどまらない。

 

 父が自身の経験を糧に、「これは役に立つのでは」とトレーニングに取り入れたのがクライミングである。クライミングとは垂直に近い地形や人工物の壁を手や足を使ってよじ登る競技だ。近年ではボルダリングという単語の方が馴染み深いという人もいるだろう。この競技は背筋の強化には最適だった。

 

 立川は「柔道は引く力が大事。そのために背筋は意識して鍛えている」と口にした。小学校の頃からすでに、自らが肝であると挙げた背筋の強化に着手していたのだ。しかも、クライミングは全身を使ってよじ登る。全身の筋肉、体幹も同時に鍛えられる。組手に強く、投げられない強さはこの頃からの鍛錬の賜物だったのだ。さらに、筋力をつけるため、学校や稽古以外の時間では手足に約500グラムの重りをつけて過ごしたという。

 

 もうひとつ、父は今のルーツとなるトレーニングを教えてくれた。それは足指のトレーニングだった。「床にタオルを引いて、足の指の力だけで手繰り寄せるトレーニングをやらせました」。立川は大地に根を張るようにしっかりと足で畳を掴み、バランスを崩さない。

 

 足指の強さと体幹、背中で自身のバランスを保ちつつ、相手のバランスを崩す――。今のスタイルの根幹は、父との血の滲む努力により培われた。

 

 入門当初は体が小さく、悔しい思いをすることが多かった立川だが、早いうちからの努力が実り、勝利の快感を覚えるようになる。

 

(第3回につづく)

 

立川新(たつかわ・あらた)プロフィール>

1997年11月30日、愛媛県四国中央市生まれ。階級は73キロ級。川之江柔道会-川之江北中-新田高-東海大。3歳で柔道を始める。新田高3年時には高校選手権とインターハイで優勝を飾る。東海大進学後、1年時から講道館杯を連覇。昨年のグランドスラム東京でも王者に輝き、73キロ級で急速に存在感を高めている。組手の強さが最大の武器。身長170センチ。得意技は大内刈り。

 

(文・写真/大木雄貴)

 


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