ボクシングのWBCダブル世界タイトルマッチが6日、東京・大田区総合体育館で行われ、ライトフライ級では同級4位の挑戦者・井上尚弥(大橋)が、王者のアドリアン・エルナンデス(メキシコ)を6R2分54秒TKOで下し、世界王座を奪取した。井上はプロ6戦目での戴冠で、井岡一翔(井岡)の持っていた日本人最速記録(7試合)を更新した。フライ級では王者の八重樫東(大橋)が、挑戦者で同級8位のオディロン・サレタ(メキシコ)を9R2分14秒KOで破り、3度目の防衛に成功した。
(写真:父・真吾さんに肩車され、歓喜の雄叫びをあげる井上)
<井上、「さすが怪物」>

 6R終盤、歴史を塗り替える一撃が打ち合いの中で飛び出した。狙っていた肩越しの右ストレート。顔面を2度とらえると、エルナンデスは前のめりにリングに崩れ落ちた。

 何とか立ち上がったエルナンデスだが、レフェリーが試合続行不可能と判断し、ストップをかける。新王者は飛び上がると、歓喜のあまり、マットにうずくまった。小さい頃からの夢だったチャンピオンベルト。体に巻くと「どうですか。WBCのベルト、似合っていますか?」と観客に呼びかけた。

 序盤から、どちらが王者が分からないような戦いぶりだった。ボディ、アッパー、ストレートと多彩なパンチと手数でエルナンデスを圧倒した。しかも、4度の防衛を誇る相手のパンチを見切り、ステップで次々とかわしていく。4R、終了時の公開採点では、3者とも40−36と井上にフルマークがついた。

 しかし、快調にみえた井上には異変が起きていた。3R終盤、左太ももの裏がつっていたのだ。体が大きくなる中で厳しい減量を余儀なくされた影響だった。「足が死にそう」。コーナーに戻ると、そう漏らした。

 足が使えなければ、パンチを避けきることは難しい。5R、採点結果を耳にして、攻勢をしかけてきたエルナンデスに対し、ロープに詰まる場面もあった。
「これでは逃げ切れない」
 ジムの大橋秀行会長をはじめ、陣営は苦戦を覚悟した。

 しかし、アクシデントにもかかわらず、打ち合いを選択し、狙い通りにパンチが打てるのが20歳の非凡なところだ。勝負を決めた6Rにはワンツーを的確にヒットさせ、打ち勝った。「“行ってくれ”というところで行ってくれた」と父の真吾トレーナーが息子を称えれば、大橋会長は「さすが、怪物」とうなった。

「苦しかったが、それも含めて楽しかった」
 すがすがしい表情で試合を振り返った井上にとって、ここからが大きな夢へのスタートだ。
「具志堅(用高)さんの(日本人最多の)防衛記録(13回)を抜く」
 大橋会長は減量の問題から防衛戦を戦わず、王座を返上して階級を上げる可能性を示唆したが、いったい、どこまで強くなるのか。ベルトを手にした怪物は、これからも進化し続ける。

<八重樫、ロマゴン戦へ「やり直す」>

「今日はスミマセン。また、やり直しです」
 挑戦者をKOで沈めたにもかかわらず、王者にも笑顔はなかった。

 積極果敢にパンチを繰り出してくるメキシカンに序盤は手こずった。
「パンチは見えていたが、左の軌道だけは見えなかった。懐に入りずらかった」
 苦しんだ理由はそれだけではない。本人は「コンディションが良くなかった」と明かす。ジリジリと相手にプレッシャーをかけるものの、ステップインしてパンチを放つまでには至らない。手数が少なく、4R終了時の公開採点では2者がタイスコア、1者が2ポイント差で挑戦者を支持した。

 相手はランキング8位の格下。次戦はこの日、前座でKO勝ちした2階級制覇のローマン・ゴンザレス(ニカラグア)の挑戦を受けることを試合前から明言していた。「“八重樫は勝つだろう”という中でやるのは苦手」と本人にも見えないプレッシャーがあった。加えて、同じジムの井上が世界挑戦で注目を集めており、担当する松本好二トレーナーは「八重樫が最後の仕上げをしなきゃいけない時間に、こちらが(井上)尚弥のバンテージを巻いたりしていて集中しきれなかったはず」と思いやる。

 心身ともに平時の状態を保てない中、それでも中盤以降は立て直し、倒し切ったのは王者の成長だ。ボディで相手の体力を徐々に削り、距離を詰めてパンチを見舞う。8Rには疲れのみえてきた挑戦者がたまらずマウスピースを吐きだし、試合は完全に八重樫ペースになった。

 そして9R、接近戦でカウンターの右がクリーンヒット。「たまたま当たっただけ」と本人は謙遜するものの、腰から砕けたサレタを連打で仕留めた。挑戦者は立ち上がるも、すっかり戦意を喪失。ロープに手をついたまま10カウントを聞いた。

 勝利に沸くリングへゴンザレスが上がってきた。「こんな僕ですけど、やってもいいですか?」と観客にたずねると、場内は歓声に包まれた。
「今の状態だと勝つのは難しい。必ず勝つとは言えないけど、勝てるように頑張ります」
 39勝無敗、うち33KO。強敵中の強敵であるゴンザレスからベルトを守るのが容易でないことは八重樫本人が一番よくわかっている。

「次は死に物狂いでやります。逆転満塁ホームランを打ちますよ」
 勝って当然の重圧をはねのけ、経験値を上げたチャンピオンが、いよいよ大一番に挑む。