ボクシングのダブル世界タイトルマッチが23日、大阪城ホールで行われ、WBCバンタム級では王者の山中慎介(帝拳)が、同級3位の挑戦者シュテファーヌ・ジャモエ(ベルギー)を9R11秒TKOで下し、6度目の防衛に成功した。山中はこれで5連続KO防衛。一方、IBFスーパーバンタム級では挑戦者の同級13位・長谷川穂積(真正)が、王者のキコ・マルチネス(スペイン)に7R1分20秒TKOで敗れ、バンタム級、フェザー級との3階級制覇はならなかった。
<山中、“神の左”さらに進化>

 9R開始直後、何度当てても倒れなかった左を挑戦者のストマックに突き刺した。
 3度のダウンに耐えてきたタフなベルギー人もたまらず、リング上であおむけに。レフェリーが間髪いれず、試合を止めた。

 やはり、フィニッシュは“神の左”だ。世界戦はもちろん、プロになってから過去14度のKO勝利はすべて左で仕留めてきた。
「左を警戒されていても、これだけ当てられる。強い左なんでしょうね」
 ベルトを守った王者は満足そうな表情を浮かべた。

 最初に左が炸裂したのは2R。ガードごと打ち破るように顔面をとらえ、ダウンを奪う。以降は完全に山中のペース。4Rにはボディから顔面と上下に左を次々とヒットさせ、ぐらつかせた。ダメージを受けたジャモエは前になかなか出てこられない。

 一方的な展開ながら9Rまでかかったのは、挑戦者の頑張りによる部分が大きい。6Rには山中の左ストレートが再びジャモエをとらえ、足元をふらつかせる。だが、ここぞとばかりに王者がパンチの雨を降らせても、世界初挑戦の若き24歳はめげなかった。果敢に接近戦を挑み、右を振って一発逆転を狙う。

 山中はこれを冷静に対処。相手をよく見てパンチを的確に散らし、フィニッシュのタイミングをうかがう。ただ、ジャモエはどんなに拳を当てても倒れない。さすがの王者も思わず、「どうやったら倒れるんですか」とセコンドに訊ねるほどの粘り腰だった。

 それでも8Rには左ボディでジャモエをふっ飛ばし、ダウンを奪う。さらに立ち上がってきた相手を下から攻め上げ、左で今度は顔面をとらえる。腰から砕けて、このラウンド、2度目のダウン。これでもファイティングポーズを崩さなかった挑戦者の強靭さには驚くしかない。KO決着はもはや時間の問題だった。

「期待に応えられる試合はできなかったかもしれない」と試合直後、山中は少し苦笑いを浮かべた。だが、4度のダウンはすべて左で奪っている。ある意味、“神の左”をフルコースで堪能した9ラウンドだったと言えるのではないか。

 しかも、これまでKO時はすべて左ストレートで決めてきたが、今回は左ボディ。王者としての進化もみせつけた。「海外でも試合したいし、統一戦もやりたい」と夢を語る31歳は、これからも“神の左”でチャンピオンロードを突き進む。

<長谷川、消えた“神の距離感”>

 キャンバスにひざまずき、敗北が決まった瞬間、すべてを悟ったかのように長谷川は笑みを浮かべた。
 ボクシング人生の集大成――そう位置づけて日本人2人目の3階級制覇に挑んだ元王者は無残にもリングに散った。

 立ち上がりは悪くなかった。ファイターのマルチネスに、うまく足を使って距離をとり、右ジャブから左ボディとリズムをつくる。しかし、2R、ロープに詰まって打ち合いに持ち込まれると、左右のフックを連続で被弾。なんとかクリンチでしのごうとするも、相手の圧力に屈し、ダウンを奪われる。

 ダメージを負った長谷川は足元がふらついて苦しい展開。どんどん前に出てくるマルチネスから離れたいが、それもままならない。ロープを背にしてパンチを受け、顔面が何度も飛ぶ。

 全盛期の長谷川は相手のパンチを紙一重でかわし、自らの拳をクリーンヒットさせてきた。それは“神の距離感”とも呼ばれるほど、芸術的なものだった。

 しかし、当時の輝きは長谷川には残っていなかった。4Rには偶然のバッティングで左目上をカットしたのも距離をつかみにくくした。続く5Rこそカウンターで左を何度が当てて、やや盛り返したものの、以降は相手に距離を詰められ、つかまるシーンが目立った。

 そして7R、左が空振りに終わると、カウンターの左フックを顔面に受ける。手をついて前のめりにダウン。なんとか、最後の力を振り絞って立ち上がるも、“神の距離感”が消えた長谷川は、もう相手の拳を避けきれなかった。仕留めにきたマルチネスが左を振るうと、なすすべもなくダウン。陣営がタオルを投げ入れるのと同時に、レフェリーも試合をストップさせた。

 試合後、本人も所属ジムの山下正人会長も進退については語らなかった。だが、すべての答えはリングに出ていたと言っていいだろう。バンタム級では日本人歴代2位となる10度の防衛に成功。王座陥落後も再起し、日本人では初となる飛び級(フェザー級)での2階級制覇を達成した。結末は残酷だったが、その功績が色あせることは決してない。