立川新(東海大学柔道部/愛媛県四国中央市出身)最終回「激戦区に身を置く若者が描く未来予想図」

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 2013年、川之江北中学柔道部と川之江柔道会で技を磨いた立川新は、柔道の名門である新田高校に進学した。愛媛県松山市にある新田高校は1938年に創設。多くの部活動が全国大会に出場するマンモス校だ。寮は学校の目の前にあり、食事も三食出る。1年生の頃から一人部屋が割り当てられるなど、恵まれた環境にあった。

 

(2018年9月の原稿を再掲載しています)

 

 本人曰く、親元を離れることへの不安もなかったという。父・昭宏と電話で話すこともあったが、弱音を吐くことはなかった。父親は「新田に行ってからは、自分のことはきちんとしだした感じがします」と語る。自分のことは自分でするしかない。こういった環境が一人の人間として立川を成長させた。

 

 立川は「他にも県外の高校からも誘いはありましたが、新田高校は全国的にも有名だったので、他を選ぶ理由がなかった」と進学先で悩むことはなかった。名門校には選りすぐりのエリートが集まる。立川にとっては県大会で顔を合わせたことのある者ばかりだったため、馴染むのにさほど時間はかからなかった。

 

 高校1年の4月、立川は全日本カデット体重別選手権大会・73キロ級に出場した。準決勝でかつて、小学生時の全国大会決勝で苦杯をなめさせられた古賀颯人(当時大成高校)と対戦。見事、払い腰で勝利すると、余勢を駆って優勝する。高校入学後、すぐに結果を残して見せたのだ。

 

 父が涙した高校選手権

 

 2015年、立川は高校選手権とインターハイの両大会を制する。立川は「この2つを獲れたことは自分の中でも大きな自信になりました。タイトルを獲って、高校日本一になれた。“よし、大学に進学してもやるぞ”と思えました」と口にする。

 

 父・昭宏は「私はインターハイよりも、高校選手権が印象に残っているんです」と言う。立川は決勝で、またしても古賀と対戦。延長戦の末、古賀に場外指導が与えられ、立川に軍配があがったのだ。

 

「前年の選手権では準決勝で古賀君に負けたんです。それが決勝でまた古賀君と戦うことになった。お互い攻め合い、延長に入っても技を打ち合う見応えのあるいい試合でした。気持ちが切れた方が負ける、と。新はずっと、ガツガツ前に出ていた。すると古賀君が不用意に引いてしまい場外に出てしまった。優勝した瞬間は、涙が出てしまいましたよ」(父・昭宏)

 

 高校最後の年に2冠を達成した立川が選んだ進学先は東海大学だ。井上康生(シドニー五輪男子100キロ級金メダル、現柔道日本代表監督)、塚田真希(アテネ五輪女子78キロ超級金メダルなど)、田知本遥(リオデジャネイロ五輪女子70キロ級金メダル)、中矢力(ロンドン五輪男子73キロ級銀メダル)、髙藤直寿(リオデジャネイロ五輪60キロ級銅メダル)らを輩出した超のつく名門だ。今でも大先輩たちが東海大学を練習拠点にしている。

 

「柔道日本一の大学なので“ここ(東海大)でやってみたい”という思いはありました。声をかけていただいた時は快く『行きます』と言いました」と立川。指導者も環境も一流の大学からの誘いに迷いは一切なかった。ここでも立川はこの上ないスタートを切る。9月の全日本ジュニア大会、11月に行われた国内のビッグタイトル講道館杯(どちらも73キロ級)で優勝に輝く。講道館杯の決勝では東海大OBの中矢(現81キロ級)から有効を奪ってタイトルを手にし、“立川ここにあり”を世間に存分にアピールしたのだ。

 

 この大会を本人はこう振り返った。

「自分よりも全然格上の相手です。胸を借りるつもりで、“全力でやろう”と思いました。正直、自分がそこまで勝ち上がれるとは思わなかったです。まだ大学1年生なんだし、“思い切ってやるだけだ”とのびのびやれたことがよかったんだと思います」

 

 この大会を契機にグランドスラム・東京にも出場し、3位の好成績を収めた。立川は全日本柔道連盟の強化指定選手にも選ばれた。「ジュニアの日本代表は今までありましたが、シニアの代表はこれが初めてでした。“やっと、ここまできたんだ”とその時は思いました」

 

 続く2017年も安定していた。台北で行われたユニバーシアードでは個人、団体で優勝。講道館杯を連覇、グランドスラム・東京の決勝戦を指導差で勝利。リオデジャネイロ五輪金メダリストの大野将平(旭化成)、この年の世界選手権を制した橋本壮市(パーク24)がいる激戦区の男子73キロ級でめきめきと頭角を現すのである。

 

 上水監督が植え付ける“逆算力”

 

 それでも、今年の11月に21歳になる若者は驕り高ぶることない。東京五輪という目標からの逆算が立川を奮い立たせているのだ。

「上水(研一朗)監督から“この大会で優勝しないと五輪はない”“この大会に出場しないと五輪はない”“この試合、しっかり勝てよ”と言われます。大学生になると、1つの大会で勝つと、またレベルが高い大会に出場できるようになる。自分の頑張り次第でどんどん上に行けるのは、やりがいがあります」

 

 立川に上水監督の印象を聞くと「(上水監督のようなタイプの指導者は)初めてかもしれません」と語り、こう続けた。

「上水監督はすごく生徒を見てくれるのですが、あまり多くのことは言わないですね。必要な時に、呼んで少しアドバイスをくれるんです。人に言われてやるより、少しヒントをもらってそこから自分で考えて広げていくほうが自分のためになると思います」

 

 胸に熱いものを秘めつつ、驚くほど冷静な立川。その頭の中にはしっかりと未来予想図が描かれている。

「今年、世界選手権団体戦がある。そこでしっかり日本代表に貢献して、11月の講道館杯で3連覇を目指します。そして、グランドスラム・大阪も優勝して、来年のヨーロッパ遠征でも結果を残す。東京で行われる世界選手権に選ばれないと2020年の東京五輪出場も無いと思っています」

 

 逆算から導き出したルートをひたすら走る。まだ若い立川は偉大な先輩たちを押しのけて五輪代表の座を掴み取れるか。新たなスターが、日本柔道男子73キロ級の代表争いを面白くさせている。

 

(おわり)

 

立川新(たつかわ・あらた)プロフィール>

1997年11月30日、愛媛県四国中央市生まれ。階級は73キロ級。川之江柔道会-川之江北中-新田高-東海大。3歳で柔道を始める。新田高3年時には高校選手権とインターハイで優勝を飾る。東海大進学後、1年時から講道館杯を連覇。昨年のグランドスラム東京でも王者に輝き、73キロ級で急速に存在感を高めている。組手の強さが最大の武器。身長170センチ。得意技は大内刈り。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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