13日、第90回競泳日本選手権最終日が東京辰巳国際水泳場で行われ、女子200メートル平泳ぎは17歳・渡部香生子(JSS立石)が2分21秒09の高校新で初優勝した。これで100メートル平泳ぎ、200メートル個人メドレーと合わせて3冠を達成。男子50メートル自由形では塩浦慎理(イトマン東進)が21秒88の日本新記録をマークし、連覇した。同200メートル背泳ぎは、入江陵介(イトマン東進)が制した。2年連続の5冠を狙った萩野公介(東洋大)は2位。出場6種目で4つの優勝を果たしが、背泳ぎ2種目のタイトルはいずれも入江に獲られた。
(写真:昨年は勝てなかった平泳ぎ2種目を高校新記録で初優勝した渡部)
 涙の惨敗から1年、天才少女復活へ

 中学3年生で、2012年のロンドン五輪に出場した渡部が完全復活だ。初日に行われた100メートル平泳ぎの予選と決勝で高校新記録を連発すると、3日目の昨日は200メートル個人メドレーで連覇した。最終日に迎えた200メートル平泳ぎ。ロンドン五輪にも出場した渡部の“本職”と呼べる種目だ。しかし昨年はA決勝にすら進めず惨敗を喫し、涙を流した。そして1年後、リベンジをかけた舞台で再び天才少女が輝いた。

 予選をトップのタイムで通過した渡部は、決勝でも快調なスタート。ライバルたちからリードを奪うと、そのまま逃げ切った。決勝ではロンドン五輪銀メダリストの鈴木聡美(ミキハウス)をはじめ、鈴木と同タイムの日本記録を持つ金藤理絵(Jaked)に加え、昨年から成長著しい茂木美桜(ルネサンス幕張)などを強敵揃いだった。「レベルの高い争いの中で勝てた。これから世界で戦う勉強になったかな」と自信をつけた。

 渡部は昨年と違い、今年はメンタル面で充実ぶりがうかがえる。本人も今大会は「気持ちの面でずっといい状態」で臨めてたという。それを支えたのは、5月から渡部を指導する竹村吉昭コーチの存在だ。かつて中村真衣らを育てた名指導者に、精神面で鍛えられた。冬場はハードなトレーニングをこなし、レースをこなすうちに一時は失いかけた自信も蘇ってきた。徐々に「泳ぎも気持ちも自分でコントロールできるようになったという。「強くなった自分を見せる時だよ」と竹村コーチの檄に応えるように、3種目を制覇し、2種目で自己ベストを更新した。「思った以上にタイムも出たのでうれしかった」と喜んだ。涙の敗戦から1年後、笑顔が咲いた。

 自由形短距離のエース、弔いの新記録

 祖父に捧げる新記録だった。昨夏の世界選手権でブレイクし、自由形短距離のエースとして期待される塩浦が、100メートルに続いて50メートルも制した。
(写真:大学を卒業し、社会人一発目のレースでしっかりと結果を残した)

 今月1日に父方の祖父が亡くなった。競技生活を「オマエが一生懸命やってくれればいい」と温かく見守ってくれていた。塩浦は「天国に届くくらいのいいタイムが出せれば」と今大会に臨んだ。100メートルでは狙っていた日本記録に0秒2届かなかった。“本命”ではない50メートルは、「すごく集中できた」と力まなかった。長水路ではターンなしの直線のみとなる50メートル。塩浦は息継ぎなしで泳ぎ抜いた。

 ゴール板にタッチし、電光掲示板を振り返ると21秒88。自らの日本記録を塗り替えた。これまでの日本記録は23秒03と、昨年のこの大会で出した。それ以外にも23秒0台を連発しており、23秒台の壁をなかなか越えられないでいた。塩浦もレース後に「やっと出た」と安堵した。目標はリオデジャネイロ五輪での表彰台。塩浦自身は「50は100のため」という意識でいる。100メートルで世界と勝負するためには前半の50メートルを22秒に近いタイムで泳ぐ必要がある。そのための第一条件ともいえる50メートルでの21秒台突入をクリアした。これで自由形短距離で2年連続2冠を達成。塩浦の祖父も泉下で孫の勝利を喜んでいるはずだ。

 19歳の怪物は王者に屈す

「4日間充実していました」。昨年に続き6種目12レースに出場し、4冠を達成した萩野は今大会を振り返った。

 最終日は200メートル背泳ぎで昨年敗れた同種目での入江へのリベンジに挑んだ。しかし、100メートルでも萩野を圧倒した王者は、スタートのターンまでで頭ひとつ抜け出す。萩野も追いかけるが、日本記録ペースで100、150メートルと過ぎても泳ぎ続ける入江との差は体半分まで広がった。

 ラストの50は「じりじり来ているのはわかった」と、この種目ロンドン五輪銀メダリストを焦らせたが、0秒32届かなかった。それでも1分54秒23と自己ベストを更新した。逃げ切った入江は実質8連覇(11年は大会中止のため代表選考会として開催)を達成。王者の強さを見せつけられた。入江は萩野について「刺激でしかないですし、脅威でしかない」と語り、「2人で世界を驚かせたい」と代表選手が内定した国際大会での共闘を誓った。

 史上初の6冠を目指した萩野の4日間。今大会の主役はやはりこの男だった。1年前よりタイトルの数は1つ減ったが、5種目で自己ベストマークした。「去年よりは力を出し切ることができた」と成長を実感。背泳ぎ2種目で2位。悔しさよりも入江の復活を喜んでいるようでもあった。萩野は、ライバルという刺激し合える存在により、もっと自分が強くなれると確信したのではないだろうか。19歳の怪物はまだ底が知れぬ、そう思わせる4日間だった。

 最終日の結果は次の通り。

<男子50メートル自由形・決勝>
1位 塩浦慎理(イトマン東進) 21秒88 ※日本新
2位 伊藤健太(ミキハウス) 22秒36
3位 中村克(早稲田大) 22秒38

<男子100メートルバタフライ・決勝>
1位 藤井拓郎(コナミ) 51秒84
2位 池端宏文(法政大) 51秒98
3位 安江貴哉(日本大) 52秒57

<男子200メートル背泳ぎ・決勝>
1位 入江陵介(イトマン東進) 1分53秒91
2位 萩野公介(東洋大) 1分54秒23
3位 白井裕樹(ミズノ) 1分57秒32

<男子200メートル平泳ぎ・決勝>
1位 小日向一輝(セントラルスポーツ) 2分9秒67
2位 押切雄大(日本大) 2分10秒23
3位 高橋幸大(コナミ) 2分10秒24
(写真:昨年の覇者で世界記録保持者の山口は4位)

<男子800メートル自由形・決勝>
1位 山本耕平(ミズノ) 7分51秒88
2位 瀧口陽平(中央大) 7分56秒49
3位 佐藤祐斗(中央大) 7分56秒96

<女子50メートル自由形・決勝>
1位 内田美希(東洋大) 25秒49
2位 松本弥生(ミキハウス) 25秒51
3位 山口美咲(イトマン) 25秒74

<女子100メートルバタフライ・決勝>
1位 星奈津美(ミズノ) 58秒81
2位 細田梨乃(コナミ) 59秒40
3位 福田智代(コナミ) 59秒48
(写真:実力者の星は200Mと合わせてバタフライ2冠)

<女子200メートル背泳ぎ・決勝>
1位 神村万里恵(セントラルスポーツ) 2分9秒76
2位 赤瀬紗也香(日本体育大) 2分10秒34
3位 小西杏奈(豊川高) 2分11秒95

<女子200メートル平泳ぎ・決勝>
1位 渡部香生子(JSS立石) 2分21秒09 ※高校新
2位 金藤理絵(Jaked) 2分21秒58
3位 茂木美桜(ルネサンス幕張) 2分23秒81

<女子1500メートル自由形・決勝>
1位 五十嵐千尋(日本体育大) 16分32秒93
2位 森山幸美(豊川高) 16分38秒26
3位 貴田裕美(ALSOK群馬) 16分44秒75

(文・写真/杉浦泰介)