4月19、20日、ゴールボール女子日本代表の合宿地を訪れた。チームは今、6月の世界選手権に向けて、強化の真っただ中だ。
 朝8時過ぎ、国立障害者リハビリテーションセンターの体育館に入ると、すでに試合形式の練習が始まっていた。
「だいぶメンバーがかわっているから、楽しみにしていて」
 2日前、電話口で江直樹ヘッドコーチから言われた言葉を思い出し、体育館の中を一通り見渡した。すると、思いもよらない選手の姿が目に飛び込んできた。ロンドンパラリンピックの金メダルメンバーのひとりである、欠端瑛子だ。
(写真:大学4年の欠端<右>と同1年の若杉。リオには主力として臨むつもりだ)
 欠端、一念発起しての代表復帰

 ロンドンパラリンピック後、日本代表合宿に、欠端の姿は一度も見ていなかった。大学生の彼女は、学業と就職活動に専念するため、第一線から退いていたのだ。その欠端が、代表に復帰していたのだ。聞けば、昨年12月に練習生として合宿に参加し、今年1月からは正式にチームに復帰したのだという。

 当初の予定では、無事に大学を卒業し、就職して落ち着いてから、またパラリンピックを目指そうと考えていた。それこそ昨年、2020年に東京で開催されることが決定した時には、「東京を目指そうかな」と思っていた。だが、徐々に彼女の中でパラリンピックへの思いが膨らみ、「リオを目指すなら今しかない」と、復帰の時期を約1年前倒ししたのだ。
「1年間というブランクがあって、ゴールボールをやりたいという気持ちが強くありました。とりあえず、という中途半端なものではなく、リオを目指して続けようという決意をして戻ってきたんです」

(写真:1年ぶりに代表復帰した欠端。世界選手権での金メダル獲得のキーマンともみられている)
 現在、美術大学4年の欠端は、就職活動に加えて卒業制作も抱えている。そんな中での代表活動は決して甘くはない。大会や合宿はもちろんのこと、普段からのトレーニングも欠かすことはできない。時間はいくらあっても足りないくらいだろう。それでも、欠端は代表に復帰することを決めた。それだけリオへの気持ちは強い。

 それは、欠端の言動にも表れている。ロンドンパラリンピック前は、チームで最も長身であるにもかかわらず、その姿は小さく見えていた。正直、快活な主力メンバーの陰にいつも隠れるかのようにいた姿しか記憶にない。話し合いの場でも、後ろの端が彼女の定位置だった。

 ところが、今回の合宿では、そんな姿は一度も見ることはなかった。自分から声を出し、意見を言い、アドバイスを求めていた。話し合いの場でも、江ヘッドコーチの目の前に彼女の姿があった。そんな欠端の変化に、周囲はもちろん、彼女自身が気づいていた。

 昨年12月、欠端が約1年ぶりに代表合宿に参加してみると、代表候補には新メンバーが入ってきていた。もともと人見知りの欠端。これまでなら、新しい環境に馴染むのに時間がかかっていた。だが、彼女は自分から話しかけ、スムーズにチームの輪の中に入っていったという。その理由を、欠端はこう分析している。

「もちろん、ロンドンを経験したということも大きかったですし、大学生活の中でもグループ制作などがあったので、自然とコミュニケーションの術を身に着けることができたのだと思います。何よりも、リオを目指して参加しているのだから、入ったからにはしっかりやっていこうという気持ちが強かったんです」

 今回の決意の裏には、ロンドンの地で感じた思いもあったようだ。2年前、欠端はパラリンピックの日本代表に選出された。初めて臨んだ世界最高峰の舞台。そこで、日本代表は米国、ブラジル、中国といった強豪を次々と破り、悲願の金メダルを獲得したのである。これ以上ない結果に、もちろん欠端は大きな喜びを感じていた。だが、その一方で、達成感を感じることができない自分もいた。

「中国との決勝戦は、小宮(正江)さん、(浦田)理恵さん、(安達)阿記(子)さんの3人が24分間出場し続けて、勝ったんです。自分はベンチで声をかけることしかできなかった。その時に思ったんです。今度は、自分が試合に出て、勝ちたいなって」
 リオでは、コート上で歓喜の瞬間を迎える、と決めている

 若杉、フォーム改造でスピードアップ

 リオまではあと2年あるが、ゴールボール界は早くも出場権をかけた争いが始まろうとしている。今年6月26日〜7月6日にフィンランドで行われる世界選手権で3位以内に入れば、リオへの切符を獲得することができるのだ。約2カ月後に迫った大一番に向けて、今回の合宿では本番を見据えたゲーム形式の練習が繰り返し行なわれ、戦略が練られていた。

 ゴールボールでは通常、6名までエントリーすることができる。だが、今回の世界選手権に日本から派遣されるのは4名しかいない。ロンドンまでキャプテンを務めた小宮が昨年限りで第一線を退いたこともあるが、それだけではない。江ヘッドコーチには「技術面と精神面、その両方が世界基準に達していなければ出場させることはできない」という考えがあるからだ。

 そして、指揮官はきっぱりとこう言い切った。
「金メダルを獲るために決断したんです」
 その表情に、迷いは微塵も感じられなかった。4名の選手に目標を聞いても、誰一人「メダル」と答えた者はいない。全員が「金メダルを獲りにいきます」と言い切ったのだ。

「金メダル宣言」の背景には、若手の急成長がある。今春、大学生になったばかりの若杉遥だ。彼女は昨年、アジアユースでは最年少ながらチームキャプテンを務めた。彼女も欠端同様、ロンドンパラリンピックでは喜びと悔しさを味わっている。それが、彼女を精神的にタフにした。
(写真:ロンドン後、成長著しい若杉。センター、ウイングとすべてのポジションをこなす)

 さらに、技術的にもレベルアップしている。たとえば、ボールのスピードだ。3か月おきに行われる体力測定では、ストレートに投げたボールにおいて、手から離れてから相手のチームエリアに到達するまでのタイムが計られる。チーム最速は安達で、0.9秒台から0.8秒台後半。そして、そのレベルに追い付こうとしているのが若杉だというのだ。昨年8月の体力測定では1秒台だったというのだから、その成長のスピードは凄まじい。

 スピードアップの背景には、江ヘッドコーチの指導の下で行われたフォーム改造があった。それまで若杉は速い球を投げようとするあまり、肩に余計な力が入り、重心も前に突っ込み気味だった。そこで肩の力を抜き、後ろの足に体重を残しながら、大きく腕を振るようにしたのだ。そのフォームを習得するため、若杉は体幹と下半身強化に取り組んできた。その成果が今、表れている

 自らも「日々、成長している」と語る若杉だが、それでも「世界選手権で優勝するには、あと2カ月で急成長する必要があると思っています。気を抜くことなく、やっていきます」と気を引き締めるあたり、代表としての自覚と責任を感じている何よりの証だ。「今度は、自分たちがやらなければいけない」。欠端、若杉からはそんな思いがひしひしと伝わってきた。

 だが、もちろん他国も金メダルを狙っている。聞けば、08年北京パラリンピック金メダルの米国は若手が伸びてきており、ロンドン銀メダルの中国はユース世代でさえ、ベンチ入りできない選手があふれている状態だ。ロンドンには出場していないトルコも成長著しく、侮れないという。各国とも「打倒・日本」でくることは間違いなく、いずれにせよ厳しい戦いになることは想像に難くない。果たして、日本は金メダルを獲得することができるのか。

 次回は5月下旬に合宿を訪れる予定だ。果たして欠端と若杉がどんな成長を見せてくれるのか。そして4名で金メダルを目指すための戦略とは――。さらに、未だ指揮官を悩ませている世界選手権の2週間前に行われるアジアカップのメンバー選考も気になっている。厳しい日程を覚悟で世界選手権の4名でいくのか。それとも新戦力が浮上するのか――。1カ月後の取材が楽しみである。

(文・写真/斎藤寿子)