ゴールボール日本代表にとって、勝負の時が近づいている。6月26日〜7月7日にフィンランドで行なわれるIBSAゴールボール世界選手権だ。同大会の上位3カ国は、2016年リオデジャネイロパラリンピックの出場権を獲得することができる。参加国数は男子は16カ国、女子は12カ国。ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得した女子にとっては、チャンピオンとしてのプライドをかけた戦いとなる。大舞台を約1カ月後に控えたチームを追った。
(写真:世界選手権まで約1カ月。江HC<中央>の指導にも熱が入る)
 ゴールボールでは1チーム6名までエントリーすることができる。しかし、今回日本女子がエントリーしたのは4名。江直樹ヘッドコーチは“少数精鋭”で臨むことを決意した。人数が少ない分、体力面など不安視される部分はある。果たして、日本はどう世界に挑むのか。

 現在、チームにはこれまでになかった新たな戦法が加えられようとしている。12年ロンドンパラリンピックでは、レギュラーのメンバーもポジションもほぼ固定されていた。センターに浦田理恵、ウイングはライトに安達阿記子、レフトに小宮正江という布陣で世界の頂点を獲得したと言っても過言ではない。だがロンドン後、江ヘッドコーチがチームに課したのは、自由自在なポジションチェンジだ。その理由を江ヘッドコーチはこう語る。
「誰がどのポジションに適しているかなんて、やってみなければわからないもの。新たな強みが引き出されるかもしれない」
 パラリンピックでの連覇に向けた挑戦が、ロンドンから帰国して間もなく始まっていたのだ。

 センターは“コート内のHC”

 今回の合宿で初めて披露されたのは、「センター安達」である。ウイングには成長著しい若杉遥と欠端瑛子。男子との実戦形式の練習試合では初めての布陣だ。安達はチーム随一の攻撃力をもつ。速いボールだけでなく、日本女子では唯一、回転して勢いをつけて投げるバウンドボールの使い手だ。長年に渡ってキャプテンを務めた小宮が、昨年限りで現役を退いたこともあり、安達は今や押しも押されもしない日本のエースである。その安達がセンターに入ることによって、これまでほとんど見られなかったセンターからの攻撃が武器となる。日本にとっては、多彩な攻撃パターンの構築が可能となり、逆に相手にとっては脅威となる。ところが、だ。合宿ではチームに大きな課題が突き付けられた。守備である。

 合宿2日目の24日、午後から行なわれた男子との練習試合、後半の途中、指揮官が動いた。安達をセンターに入れ、ライトに若杉、レフトに欠端。攻撃的な布陣に、期待が大きく膨らむ。
「Quiet please.Play!」
 レフリーの笛が「ピッ」と鳴ったと同時に、センター安達から勢いよくバウンドボールが投げ込まれた。これまでになかったリスタートに、思わず目を見張る。

 と、次の瞬間、センター安達とレフト欠端の間に、男子チームから勢いよくバウンドボールが投げ込まれた。ボールは勢いを失うことことなく、大きく跳ね上がり、ゴールネットを揺らした。その後も、安達の足をかすめてボールはゴールへと吸い込まれていく-――。なぜ、これほどまでに守備力がダウンしたのか。その理由を江ヘッドコーチはこう語る。
「アキ(安達)がまだ、センターとしてゲームコントロールできていないからですよ」
 果たしてセンターが果たすべき役割とは何なのか。

(写真:世界随一のセンター浦田がゲームをコントロールしている)
 北京パラリンピックの時から不動のセンターとしてチームを牽引してきたのが浦田である。サーチの正確性、展開の読み、守備力、コミュニケーション能力など、センターに必要な力を兼ね備え、今や抜きんでた存在だ。その浦田にセンターの役割を訊いた。まずは守備だ。

「相手のボールがどの位置から出るかをサーチします。ウイングの2人もそれぞれサーチしていますから、お互いに伝え合うんです。もし、サーチがバラバラであれば、センターが統率し、3人の守備を揃えて間を抜かれないようにします。理想はどの試合でもパーフェクトに抑えること。もし、両脇のポール際に決まったゴールだったとしても失点は失点。センターの責任だと思っています」

 さらに攻撃においても、センターは深くかかわっている。
「ウイングが投げたボールが相手のどこに当たっているのか、それを相手が嫌がっているのかどうかなどをよく観察するんです。と言っても視覚からの情報はありませんから、ボールの音で聞き分けます。『足先に当たったな』『相手がバタバタしているな』と。それと合わせて味方のウイングの状態も把握しなければいけません。『あ、今日はこのボールが走っているな』『ライトからのバウンドボールが効いているな』と。こうしたあらゆる情報を元に、自分が『このタイミングでこういうボールを投げて欲しい』という攻撃をしてもらうために、パスで誘導したり、『中からバウンド』と声をかけたりしているんです」
 なるほど、「センターはコート内のヘッドコーチ」と言われるのも納得できる。攻守にわたって、細かくゲームをコントロールしているのだ。

 ボール変更によるバウンド系の急増

 しかし、先述したように、今回の世界選手権は4名で臨む。メダルを獲得するには6日連続、しかも多い時には1日2試合という過酷なスケジュールをこなさなければならない。スタミナに自信のある浦田でも、全試合フル出場というわけにはいかない。そのため、浦田が抜けた場合の安達、若杉、欠端の3人をどう組み合わせるか。これが現在、チーム最大の課題となっていると同時に、メダル獲得への秘策となっているのだ。
(写真:日本のエース安達。“攻撃的センター”がチーム力を引き上げることは間違いない)

 もちろん、若杉と欠端もセンターを務める。だが、最も「攻撃的なセンター」は、やはり安達であろう。「センター安達」が機能し始めた時、日本は大きな武器をまたひとつ加えることになる。安達の言葉からは、彼女自身がそのことを理解しているように感じられた。
「強い球や、縦のバウンドボールを投げられる攻撃的なセンターになれるのは、自分の強み。だからディフェンス面ではまった時に、切り替えしの速さが武器になるはず。遥やカケ(欠端)とのそれぞれの強みをミックスして、それがマッチングした時は面白いんじゃないかなと自分でも思っています。今は理恵さんに頼っている部分が大きい。それを打開していきたいですね」

 合宿最終日、男子との最後の試合、後半のスタートに指揮官は再び安達をセンターに据えた布陣を敷いた。開始早々にまたも男子チームのバウンドボールが安達を襲う。腹部にあたったボールは大きく跳ね返り、失点を許した。しかし、その1分後にはセンター安達からのバウンドボールが男子チームのゴールネットを揺らした。さらにリスタートの1本目、男子がハイボール(攻撃側のチームエリアまたはランディングエリアに一度もボールが触れずに投球する)を犯し、安達は確実にペナルティスローを決めたのだ。「センター安達」は、やはり大きな武器となる。そのことを証明してみせた。

「攻撃的センター」の必要性は、日本のチーム事情によるものだけではない。実はロンドンパラリンピックでは、女子にはほとんど見られなかったバウンド系のボールが、ロンドン以降、急増しているのだ。では、なぜバウンドボールが増えたのか。その要因はボールの変更にある。ロンドンパラリンピックの時に採用されていたカナダ産から、現在はドイツ産に替わっている。ボール内のゴムの性質が異なり、弾力がまるで違うのだ。
「どれだけ違うのか、実際に試してみてください」
 江ヘッドコーチにそう言われ、カナダ産とドイツ産とのボールをそれぞれ床に強く叩きつけてみた。すると、ほぼ2倍ほどの差があったのだ。

 バウンド系のボールを処理するのは、視覚からの情報がまったくないゴールボールでは容易なことではない。それが2倍近くもバウンドが強いとなれば、いくら強固な壁をつくっても、その上を飛び越えていけば、どうすることもできない。「ロンドンの時とは違って、守備に絶対はなくなってしまった。より攻撃重視の戦略へと変わらざるを得ないんです」と江ヘッドコーチは語る。だからこそ、攻撃的な布陣は必須なのだ。

 この布陣の完成度が高まれば、浦田をセンターにしたときの守備的布陣、そして安達や若杉、欠端をセンターにした時の攻撃的布陣と、試合展開や相手によって自在に戦法をかえることができる。相手にとっては、これほど嫌なものはない。

 世界選手権の約2週間前には、10月に行なわれるアジアパラ選手権の予選を兼ねたアジアカップ(6月3〜11日)に出場する。江ヘッドコーチはこのアジアカップで、チームとしてのステップアップを図り、世界選手権につなげていきたいと考えている。アジアカップ後には、世界選手権前最後の合宿(6月13〜15日)が行なわれる。果たして、アジアカップを経た日本代表は、どんな姿を見せてくれるのか。

(文・写真/斎藤寿子)