2012年、坂上千明は中学を卒業し、一般入試で公立校の幕張総合高校に進んだ。中学でバレーボール部を選んだ時から、高校からは水球部に入ることを決めていた。しかし幕張総合は日本代表選手を輩出するなど県内の強豪校として知られていたが、当時女子部員はわずか3人しかいなかった――。

 

愛媛新聞社

 

 

 

 

 向き合った3年間のブランク

 

 試合を行うために1チームに必要な人数は7人だ。それでも坂上は腐ることはなかった。現実問題として女子水球は大会の数もチーム数も少ない。彼女にとっては何より練習環境の有無が大事だった。そこで小学4年から所属していた千葉水球クラブと掛け持ちをし、練習や試合数を確保した。主に平日は幕張総合、土日は千葉水球で活動したのだ。

 

 まずは3年間のブランクと向き合わなければならなかった。中学ではバレーボール部に所属した。プールから離れて得たものはたくさんあるが、失ったものもゼロではない。

「全然泳げませんでした。水球に必要な泳ぐスピードもスタミナが落ちていた。ボールを使う感覚は残っていましたが、陸の競技をしていたので水の中で泳いでいるのがキツかったんです」

 

 掛け持ちは吉と出た。千葉水球クラブは上位を目指すチーム。一方で幕張総合は坂上以外初心者も多かった。

「千葉水球だとできない方でしたが、自分は経験者だったので幕張総合ではチームを引っ張ることもありました」

 レベルの異なる2つのチームでプレーすることで気付けることがあった。

 

 女子部員が少ない幕張総合では男子と練習、マッチアップする機会に恵まれた。この環境下でメキメキと力を付けていく坂上。1年生時は敬愛などの千葉県内の他校と合同チームを組んで大会に出場した。千葉水球では全国JOCジュニアオリンピックカップで準優勝の好成績を収めた。高校1年生以下の年代で争わられる全日本ユース(桃太郎カップ)では千葉県選抜にも選ばれた。

 

 春を迎え、高校2年になると幕張総合女子水球部に5人の新入部員が加わり、単独チームで大会に出られるだけの人数が確保できた。この年には千葉県選抜の指導をしていた榎枝孝洋氏が同校の水球部監督に就任した。

 

“すれ違い”から生まれた衝突

 

 選手たちのモチベーションが上がらないわけがない。むしろ鼻息が荒いのは榎枝監督だった。初めて水球部を受け持つことになったからだ。「男子で結果を残したいと思っていたのは事実です」。練習は男子を中心に組まれていた。そして、ある日、女子部員たちとの“すれ違い”から榎枝監督と坂上たちは衝突した。

 

 榎枝監督の回想――。

「練習後に毎回、部員全員が私の元に集まって話をします。その時に彼女たちが不貞腐れた表情をしていた。それが許せなくて女子部員を怒鳴ったんです」

 意欲的な新任監督にとってはやる気が見えなかったのかもしれない。

 

 すると、泣きながら「だったら私たちにも教えてください!」と訴えたのは坂上だった。「その時に彼女たちが指導に飢えていることに気付かされたんです」。それを機に榎枝監督は男女両方の指導に。力を注ぐ。現在は女子も多くの部員を抱える同校の礎となったと言ってもいい。

 

 榎枝監督は坂上の印象をこう語る。

「ウチはスイム練習が多い。彼女は自分を追い込んで頑張れる。周りにも丁寧にアドバイスや声掛けをしていました」

 面倒見が良く自分にストイックになれる坂上を、榎枝監督は「今は1人のファン。リスペクトしています」と口にするほど惚れ込んでいる。

 

 坂上が驚いたのが、アジアユースに向けて選考合宿に選ばれたことだ。同じ関東の秀明英光高の加藤英雄監督が率いていた。合同練習や練習試合などの機会があり、坂上のプレーを目にする機会に恵まれた。のちに日本代表の指揮も執る加藤監督が彼女の才能を見逃さなかったのだ。

 

 だが、坂上は高校卒業後、水球から引退しようと考えていた。なぜなら中学から憧れていた教師になりたかったからだ。母が保育士であり、中学時代に出会った先生に憧れたことがきっかけだった。彼女が進路変更を決断したのは、水球の道で世界との“距離”を知ったからだ。

 

(第4回につづく)

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坂上千明(さかのうえ・ちあき)プロフィール>

1996年6月5日、高知県高知市生まれ。小学2年から水球を始める。中学生時には長身を生かし、バレーボール部に所属した。幕張総合高に進学すると、水球を再開。ユースの日本代表に選出された。秀明大学ではインカレ4連覇、日本選手権の実質3連覇(1度目は秀明大を中心とした秀明水球クラブ)達成に貢献した。15年に日本代表デビュー。以降、守備の要として活躍。17年のユニバーシアード大会銅メダル、今年のアジア競技大会銅メダル獲得に貢献した。身長165cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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