(写真:2015~16年は2年連続でプレーオフに進み、15年はワールドシリーズに進んだチームの復活の鍵をGMが握っている)

「(チームにとって)私が無難な雇用でなかったことは理解している。だからこの機会を得られたことに感謝しているよ」

 10月30日、シティフィールドで開催された盛大な会見で、メッツの新GMに就任したブロディ・バンワガネンはそうスピーチした。

 

 自身の言葉通り、大胆な転身、抜擢に思える。44歳のバンワガネンはこれまで大手代理人事務所CAAスポーツの共同代表を務めており、多くのメッツ選手の代理人も務めてきた。その中には、エースのジェイコブ・デグロム、ノア・シンダーガード、主砲ヨエネス・セスペデス、さらにはトッド・フレージャー、ブランドン・ニーモといった主力選手も含まれる。

 

 バンワガネンの担当ではないが、CAAは大谷翔平(エンゼルス)も抱えており、その会社名に聞き覚えがあるというファンは多いだろう。これだけのビッグカンパニーのトップなのだから、有能な人物であることは容易に想像できる。ただ、それらの実績はすべてエージェントとしてのもので、フロント職の経験はゼロ。メジャーチームの人事担当に“華麗なる転身”を遂げたは良いが、業務内容が大きく変わることは言うまでもない。

 

(写真:もともとバンワガネンのクライアントだったデグロムとメッツの今後の関係も気になるところだ Photo By Gemini Keez)

 これまでは代理人として、クライアント(=選手)の価値を最大限に引き上げるのが仕事だった。それが今後は選手たちの希望を考慮しつつ、個人ではなくチームにとって最善の条件を模索していかなければならないのだ。

 

 バンワガネンのGM就任に際し、同業者である一部の代理人から批判、懸念の声が出ているのも理解できる。名物代理人のスコット・ボラスは、「こんなことをされてはエージェントが選手から信用をなくしてしまう」といった趣旨の主張を展開した。実際に多くの個人情報を持った代理人が突然チームのフロントに入れば、関わった選手が一時的に落ち着かない気分になるのは当然だろう。

 

 ただ、それらの批判は比較的すぐに沈静化するのではないか。選手の個人情報を握っているのはフロントにいる人間も同じであり、過去にあるチームのGMだった人物が他のチームに移るケースと実はたいして変わるまい。

 

 一方、ライバル関係にあった一部の代理人とバンワガネンのGMとしての交渉が一時的に難しくなることは確かに考えられる。しかし、代理人と特定のチームの密接な結びつき、関係性の強さ、弱さはもともと存在するもの。代理人側にもより多くのチームと交渉して好条件を引き出さなければいけないという事情があるだけに、例えばバンワガネンが代理人たちから総スカンを食い、メッツの選手補強が難しくなるような事態はありえないはずだ。

 

 掘り出し物か“不必要な冒険”か

 

(写真:就任会見で新GMはさっそく多くの地元メディアに囲まれた)

 代理人のフロント入りは米スポーツではそれほど珍しいわけではない、現在のNBAには3人おり、MLBでも初めてではない。バンワガネンが業界屈指の大物エージェントであり、採用したのがニューヨークという大都市に本拠を置くチームだったことから話は必要以上に大きくなった感もある。

 

 ただ、それらのすべてを考慮した上で、バンワガネンのGM起用がメッツにとってギャンブルであることはやはり否定できない事実ではある。

 

 他にも多くのオーソドックスな有力候補がいたにも関わらず、過去2年連続で低迷したチームがここであえてフロント未経験の人材を登用すべきだったのかどうか。バンワガネンはこれからほとんど畑違いの仕事を学び、チーム作りを進めていかなければならない。それにも関わらず、ジェフ・ウィルポン・オーナーによると、新GMはデグロム、シンダーガードといった元クライアントだった選手たちとの交渉には同席しないのだという。

 

 前の職場、クライアントとの関係性を保つためとはいえ、チームにとって極めて重要な意味を持つ主力選手との交渉の場に肝心のGMが不在というのはやはり不自然な状況に思える。こういった面倒な部分があったとして、補って余りある魅力、能力が本当にバンワガネンにはあるのだろうか。

 

(写真:会見時もバンワガネン抜擢の理由ははっきりとは語られず、ウィルポンオーナー<右>との友好的な関係が最大の要因ではないかとの推測も)

 今回のGM就任会見の際、メッツがこの人物のどこをそれほど高く買っているのかがはっきりと見えてこなかった。その答えは、おそらくこれから先のチーム作りの中で少しずつ示されてくるのだろう。

 

 ともあれ、この大胆な人事のおかげもあって、2019年のメッツは一躍注目チームの1つになった。バンワガネンは掘り出し物になるのか、あるいはチーム側の“不必要な冒険”なのか。先行きを予想するのは難しく、それゆえに今後のメッツの方向性が余計に興味深くもある。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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