これが見たかった。日本シリーズ第5戦(11月1日)、7回表2死無走者。

 マウンドにいるのは、広島のヘロニモ・フランスア。おもむろに左打席に向かうのは、福岡ソフトバンクの柳田悠岐。フランスアは今季中盤からカープに出現した剛球左腕。柳田はご存知の通り、まさに破格の強打者である。

 

 初球。捕手・磯村嘉孝は低めに構えているように見えたが、フランスアは渾身の全力投球でインハイにストレート。155キロ。柳田、これを豪快なフルスイングで振り抜く。空振り。しかし、感動的なくらいすごい振りだ。繰り返すが、これを見たかった。

 

 2球目。フランスア、再び体のすべてをぶつけるような全力投球で、インハイにストレート。156キロ。柳田、同じく渾身のフルスイングで、今度は捉えた。が、わずかに差し込まれたのだろう。打球は、大きく高いレフトフライに終わった。

 

 今、日本球界で最もボールに力のある左腕と、最も激しいスイングをする打者。堪能しました。

 誤解のないようにつけ加えると、柳田はフランスアを打てない、などと言っているのではない。2球目だって、紙一重だった。あと少しでもフランスアのボールがキレを欠いたら、レフトスタンドだっただろう。だから、スリリングなのである。

 

 大方の予想は、今年の日本シリーズはソフトバンク有利、というものだっただろう。たしかに、第5戦でソフトバンクは3勝1敗1分けと王手をかけた。ただ、実際には、この2チームの力は拮抗している。紙一重である。それは、フランスアvs.柳田の対決と同じように、と言ってもいい。たとえば、その証左は、第1戦にも、如実に表れていた。

 

 勝負は時の運、という。広島対ソフトバンクの対戦となった今年の日本シリーズ第1戦は、ご承知のように、延長12回、2-2の引き分けだった。どちらもチャンスは作りながらもなかなか得点にまではいたらず、まさに互角の様相。いずれが勝ったとしても、それは時の運、というか、勝負の流れをうまくつかんだほうが勝者、という他ない戦いだった。

 

 流れを変えた“甲斐キャノン”

 

 そうであればこそ、余計に気になったのが9回裏の広島の攻撃である。ソフトバンクの投手はクローザー・森唯斗。あっさり2死となって、代打アレハンドロ・メヒアの3球目を投げ終わった後、明らかに森は顔をしかめた。体に何らかの異変がおきたらしい。続投とはなったものの、カウント2-2から外角低めのスライダーが2球連続でワンバウンドになって四球。代走に、上本崇司が起用された。

 

 ソフトバンクベンチも、もちろん森の異変には気づいていたが、続投可能という判断だったようだ。2死一塁で、打者は田中広輔である。

 

①カットボール 低め、ボール

②カーブ    低め、ボール

 やっぱり、どこかおかしいのかなと思いきや、

③カットボール インコース低め、空振り

 

 これは、いい球だった。1、2球目を見ると、粘っていれば四球かな、という気もするが、やはりさすが森という球を投げ込んでくる。で、4球目。

④低めいっぱいのカットボール。球審がおもむろに右手をあげているからストライクなのだが、そんなことはどうでもいい。

 

 一塁走者・上本が、スタートを切ったのである。

 

 え? 捕手は盗塁阻止率12球団一の甲斐拓也である。なにもここでそんな冒険しなくても、と瞬間的に思った。いずれ四球は取れるのに、と。

 甲斐の強肩はすさまじかった。もう、絵に描いたような楽々アウトである。結局、甲斐のすごさだけが、印象付けられるシーンになってしまった。

 

 4球目も低めいっぱいのストライクですからね。四球どころか、走らなくても、結局、田中は凡退したのかもしれない。しかし、いわゆる「流れ」が、このプレーで変わったのはたしかだ。

 

 おそらく、首脳陣の念頭にあったのは、クライマックスシリーズの巨人戦である。同じく2死から、代打・新井貴浩、一塁に代走・上本というシーンがあった。ここで上本が盗塁に成功し、直後に新井がタイムリーを打って勢いに乗り、巨人を突き放した。これが、クライマックスシリーズ突破の原動力になった。

 

 もちろん、同じことが起きれば、カープは一気にシリーズの流れをつかめたのかもしれない。しかし、明らかに変調をきたしている相手投手の状態を考えると、じっくり四球を狙いに行って、ピッチャー交代を迫る、という攻め方のほうが流れはつかめたのではあるまいか。相手の隙をつくのは、短期決戦の要諦でしょう。

 

 カギ握る「根拠のある計算」

 

 実はこの日(10月27日)、昼には、ワールドシリーズ第3戦をテレビ中継していた。これが、日本シリーズに輪をかけた大熱戦で、なんと延長18回、3-2で、ドジャースがレッドソックスを下したのである。

 

 ドジャース・前田健太が登板したのは、2-2で迎えた延長15、16回である。それまでに投げたリリーフ投手がみんな抑えているのだから、前田の緊張度はマックスだったに違いない。心なしか、顔色が青ざめて見えた。

 

 そして、味方の緩慢な守備と四球で、無死一、二塁という大ピンチを招いてしまう。次打者は、初球、バントの構えをした。

 

 これを見て、前田は送りバントを確信した。

 2球目。右打者の近めにシュート気味のボールを投げる。当然、三塁側へ送りバントが転がる。

 

 前田は一気にマウンドを駆け下りると、これをとって、反転してサードへ送球。

 これまた、甲斐の送球と同じくらい、見事なアウト。

 ドジャースがサヨナラ勝ちをしたのは18回だけれども、テレビ解説の岡島秀樹さんは、前田のあのプレーが流れを変え、チームに勝利を呼び込んだと強調していた。

 

 前田の場合、計算ずくでインコースに投げて、バントのコースを限定し、計算通りに刺した。青息吐息の極限状況に追い詰められながら、彼は、どこかで冷静に、根拠のある計算をしたのである。

 

 この「根拠ある計算」が、カープのあの盗塁には、十分成り立ってなかったように、私は感じた。結果として、一方は、流れを失い、一方は、勝利を手繰り寄せた。

 

 短期決戦の戦いは、一瞬一瞬が、実はその背後に深い陥穽を秘めている。まるで、勝利への綱渡りをしているようなもので、ちょっとしたことで、奈落の底へ落とされる。そこが、ペナントレースにはない怖さであり魅力だ。

 

 その非日常的な緊張感の上に花開いた勝負だからこそ、冒頭の、フランスアvs.柳田のような対決には、常にも増して心震える。

 同様に、根拠をもたないプレーは、一瞬にして敗者への陥穽につきおとされる。

 

 第6戦(以降、とあえて言っておこう)、恐怖と歓喜の天秤棒をコントロールできるのは、誰のどのプレーだろうか。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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