山梨学院大学の女子柔道部に所属する63キロ級の佐藤史織は、大阪府東大阪市に生まれた。東大阪市はその名の通り、大阪府の東部に位置し、近くに生駒山がある。この山を越えると奈良県に入る。実家が山の近くだったことが、佐藤の長所の1つであるスタミナを養うことになるのだ。

 

(2018年11月の原稿を再掲載しています)

 

 幼少期の佐藤は明るく活発で体を動かすことや人形遊びが好きだった。母・陽子は当時の愛娘をこう語った。

「2人のお兄ちゃんがいますので、やっぱり気は強かったです(笑)。お兄ちゃんとかくれんぼやおにごっこをしたり、活発な子でした。怒る時は怒る、泣く時は泣く、笑う時は笑う。喜怒哀楽がはっきりしている子でした」

 

 佐藤が柔道を始めるきっかけは、2歳上の2番目の兄が柔道を習っていたからだ。兄の通うあすなろクラブは奈良県に練習拠点を置く。稽古に打ち込む兄の姿を見て、佐藤は「格好いい」と思った。当時、小学1年生だった彼女は両親に「私も柔道をやりたい」とねだったが、同クラブは小学2年生からしか入門できなかった。

 

「ずっと“入りたい、入りたい”と言い続けていましたねぇ。1年間待って、やっと入門できました。本人としては、“待ちに待ってやっと入れた”という感じだったと思います」(母・陽子)

 

 当時のあすなろクラブのスケジュールは、水曜日がオフだった。それ以外は稽古や試合でびっしりとカレンダーが埋まった。小学生ながらなかなかハードである。「親も子供もどっぷり柔道漬けでした」と父・龍一。それでも父は柔道を通して礼儀作法を身につけていく子供たちの成長を見て「柔道をやらせて本当によかった」と思ったという。

 

 生駒山の登山道で早朝ラン

 

 先述したように佐藤の生まれた育った東大阪市には生駒山という山がある。この山は東大阪市と奈良県生駒市の県境にあるのだ。佐藤の家から車で10分程度のところに「らくらく登山道(全長約2700メートル)」という勾配がおよそ8%の道がある。佐藤は小学校3年生から中学校に上がるまで、2歳上の兄と早朝にひたすらこの登山道を走って上り下りしていた。

 

 父・龍一は早朝練習について懐かしそうに、こう述べた。

「車でその登山道に行って、僕は監督をしていました。朝の5時くらいから1時間くらいですかね。子供たちは山の上まで走っていました。中学生になったら自分たちで自主練習をしていましたね」

 

 佐藤の幼き日の自主練習のエピソードは、母・陽子からも聞いた。

「登山道を走る以外にも頑張っていました。電信柱にチューブを巻いて特訓したり、近くの5階建てのマンションの階段を上り下りしたりしていました。あとは、腰にロープでタイヤを括り付けて引っ張って走っていました」

 

 長距離走の練習は苦しさとの戦いである。現在の彼女の諦めない心、メンタル面の強さは柔道以外にも、このランニングで鍛え上げたのだろう。小学生時代、佐藤は大会で目に見える成果は残せなかった。「全国も行ったことがないですし、弱かったんです」と謙遜も込めて佐藤は言った。だが、彼女の言葉を聞いてもあまりしっくりこなかった。本当に弱い者は途中で投げ出してしまうはずだ。「柔道が好きだから強くなりたい」という一心で苦しいメニューをこなす佐藤から弱さはみじんも感じない。

 

 佐藤を取材していて、ある名言が脳裡をよぎった。

 

 何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く――。

 

 これはシドニーオリンピック女子マラソンの金メダリスト、高橋尚子の座右の銘として有名だ。もともとは高橋が高校生だった時、陸上部監督の中澤正仁から贈られた言葉だという。

 

 めげずに練習に打ち込んだ佐藤の成果は中学校3年生の時に表れた。それまで全国的に無名だった佐藤が全国中学校柔道大会の52キロ級で3位になったのだ。父・龍一は「初の全国大会で3位。もう感動して涙が止まらなかったのは今でも覚えています」と当時を振り返った。

 

 佐藤に飛躍の理由を訊ねると、こう答えた。

「前の年、中学2年の時に大阪府で2位だったんです。それで全国に行けず、悔しかった。あとは、あすなろクラブの先生は“柔道も私生活も全部、つながっている。柔道を強くなりたければ、私生活もしっかりしなさい”と文武両道を目指して勉強にも真面目に取り組んだからですかね」

 

 母・陽子曰く「生活態度とかも全部変わってきたなと思った頃に、柔道も強くなってきた感じはありました」。文武両道の精神が佐藤を強くしたのだ。

 

 柔道が好きだから、強くなりたいからと佐藤は周囲の人たちの教えを素直に聞き、吸収していった。努力の人が進路先に選んだのは、柔道では全国区の愛媛県の新田高校である。ここで彼女は仲間たちと切磋琢磨しながら、柔道家として大きな決断を下したのだ。

 

(第3回につづく)

 

<佐藤史織(さとう・しおり)プロフィール>

1996年4月19日、大阪府東大阪市生まれ。階級は63キロ級。あすなろクラブ-新田高校-山梨学院大。8歳で柔道を始める。2014年全国高校選手権2位、同年インターハイ2位だった。この9月に行われた全日本学生柔道体重別選手権大会で初めて国内の個人大会で優勝を果たした。10月に全日本柔道連盟の強化指定選手に復帰した。身長162センチ。得意技は袖釣込み腰。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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