10月21日日曜。いつものように練習を終えて、ブランチを食べている僕の目は、TVにくぎ付けとなった。駅伝を走っていた選手が突然倒れてしまい、四つん這いで進みだした。原因はともかく、立てなくなった選手が目の前に見える中継所にタスキを渡すべく懸命にもがいており、周囲の審判は止めることはない。審判に話しかけられながら、なんとか選手は中継所にたどり着いた。

 

 なぜ止めないのだろうか……。釈然としないまま、食卓の片づけを行っていると、今度は違うチームの選手がふらつきだし、そのうちコースを逆走した。明らかに脱水症状で意識が飛んでいる。周りの審判は近寄り話しかけたりしているが、やはり止めようとしない。明らかに異変が起きているのにどうして止めないのか。結局、道路脇に寝転がり、彼女は途中棄権となった。

 

 相次いで起きたアクシデントのインパクトは強く、レース以上に印象に残ったのだが、やはりその後はあちこちで話題になっていた。

「あそこまで頑張る選手は凄い」「チームの力は個人を超える」との選手に対する賛辞から「人道的に止めさせるべき」「美談ではない」という審判の行動に対する批判まで様々。確かに判断は難しい状況であったと言える。

 

 人道的見地から考えると、2人とも審判が止めてメディカルの判断に委ねるべきだったというのが正解だろう。しかし、実業団駅伝は、企業陸上部が総力をあげて臨んできているもので、チームと選手の懸ける思いは中途半端なものではない。だからこそ、あの状態においても選手たちはタスキを前に進めようとしたのだ。もし個人種目であれば、きちんと走れなくなった時点で棄権していたはず。自分のせいでチームの成績がなくなるなんて、精神的にはチームに残ることさえできないダメージだろう。そのくらいの思いを背負っている選手を1人の審判の判断で断ち切れるものなのか。その人の人生を変えるかもしれない判断をするのは勇気のいることだ。

 

 ちなみに陸上競技において、他人が選手に触れたり、援助することは禁止されている。選手以外の人が触ることはその選手のリタイアを意味する。数年前に寒い東京マラソンの35km手前において、寒さで走れなくなった選手が倒れていた。それでも本人の意思表示がないので審判が何もしないのを友人が見ていて憤慨していたことがある。逆に言うと、そのくらい審判が助けるという行為は、審判も慎重になってしまうのだ。正直、今回のような場面は僕が審判であっても躊躇してしまったと思う。1人の審判に負わせる責任としてあまりにも重すぎるのだ。

 

 なので、まずは審判の責任を少し軽減することが必要だろう。

 具体的には、もし選手の救済をしても、そこで競技を終了させるのではなく、継続できるようにするということだ。トラブルがあり、サポートを受けた選手が有利になるとは思えない。むしろ、人間として当然の行為であると思う。このルールであれば、審判も異変に気が付くと、すぐに対処することができる。選手がまだ継続できる状態であればそれでいい。スポーツは戦争ではない。人道的に周囲が助けやすい環境が必要だ。審判を大きなプレッシャーから救うことこそが、安全な競技運営に結び付くのではないか。

 

 選手の安全第一

 

 そしてもう一つ。

 今回のシーンでは、四つん這いで進んだ岩谷産業の選手はともかく、脱水症状の三井住友海上の選手は即座に止めるべきだった。

 

 スポーツにおいて脱水症状と脳震盪は珍しくない。

 ラグビーやアメフトなどのコンタクトスポーツでは脳震盪が、マラソンなどのエンデュランススポーツにおいては脱水症状が競技の特性上よく起きる。しかし、この2つは頻繁に起きるからあまり気にかけない指導者が時折見受けられるが、どちらも死に結び付く重大なトラブルだ。それぞれの医学的な説明はここでは割愛するが、どちらもぜひスポーツ指導者なら知っておいて欲しい。

 

 そして今回の脱水症状も、進行が進むと後遺症や死に至っていたかもしれない。そんな危険な症状が出ている選手を放置するのはスポーツの現場ではあってはならないことだ。今回は幸い大事に至らなかったようだが、最悪のことを想像すると恐ろしい。やはりすぐに止めさせるべきだった。

 

 ちなみに岩谷産業の選手に関しては、骨折なので少なくともすぐに死に結び付くことはない。走っていての骨折は、おそらく練習の段階で疲労が蓄積していて、骨の状態も良くなかったことが予想される。もちろん継続させるかどうかの判断は先ほどのように一旦審判が止め、メディカルの判断に任せるべきであったとは思うが、そこまで緊急性を要しない。

 

 繰り返すが、三井住友海上の選手は緊急を要したはず。なのに止めさせるまでに時間がかかったあげく、その後のメディカルの到着も迅速とは言えなかった。ここに大きな問題がある。

 

 今回のトラブルを機に、陸連では様々な対応策が論じられていることだと思う。

 選手やチームの思い、審判の重圧、そんな現場の思いをくみ取り、さらに安全な競技運営を目指して欲しい。

 

 僕たちの見たいのは選手の倒れる姿ではなく、素晴らしいパフォーマンスなのだから。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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