(写真:「スポーツ経営とイノベーション」の講義に特別講師を務めた東大院生相手に講義した川淵氏と花田氏)

 トップリーグ連携機構会長の川淵三郎氏と大相撲・元貴乃花親方の花田光司氏の両氏が8日、東京大学で大学院生向けの講義に講師として登壇した。「日本のスポーツを産業化していくためには何が必要なのか」をテーマに、川淵氏はJリーグとB.LEAGUEの誕生秘話を披露し、受講生に理念を持つことの重要性を説いた。

 

 昨秋からスタートした「スポーツ経営とイノベーション」の講義は、スポーツ政策を研究し、「スポーツ未来開拓会議」の座長などの役職に就く間野義之氏が講師だ。昨年12月18日には花田氏が特別講師を務め、話題を集めた。最終日となる今回はJリーグとB.LEAGUEの生みの親・川淵氏と、再度花田氏がゲストに招かれた。

 

 川淵氏は、マイクを取って、まずJリーグの成り立ちから話し始めた。ホワイドボードに数字やキーワードを書き込みながら、歯に衣着せぬ物言いで、受講者の笑いを誘いつつ、講義を進めていった。川淵氏と親交の深い花田氏はメモを取りながら、話に聞き入っていた。

 

 1992年に誕生したJリーグ。きっかけは88年、川淵氏が当時勤めていた古河電工からの“左遷”辞令だった。関連会社への出向は川淵氏にとって「天国から地獄へ落ちた」ようなもので、傷心の思いとともに日本サッカーリーグ(JSL)総務主事に就いた。当時はプロリーグもなく1万5000人以上収容できるサッカー専用のスタジアムは1つもなかった。W杯出場はおろか五輪にも1968年メキシコシティ大会以来出場していない。アジアの中で韓国や中東勢の後塵を拝していた。

「世界で一番の人気のあるサッカーがなぜ日本で人気がないのか。そこを突き詰めていけば日本でも人気のあるスポーツになるに違いない」

 

(写真:Jリーグの成り立ちや当時の日本サッカー界の現状を、数字を用いてわかりやすく説明)

 川淵氏はプロ化を進め、Jリーグを誕生させた。これを機に日本サッカー界は劇的に変わっていった。96年のアトランタ大会で28年ぶりの五輪出場、98年フランス大会でW杯初出場を果たした。目下、五輪、W杯ともに6大会連続出場中で、川淵氏は「Jリーグができたおかげに他ならない」と胸を張る。ビジネスの面でもサッカー界は大きな成長を遂げている。川淵氏によれば、JSL総務主事時代の国内サッカーの放映権料は約500万円だったという。それがJリーグ初年度は10億円、2年目は20億円と増加していった。17年からイギリスのインターネット事業会社パフォームグループと10年総額2100億円という大型契約を結んだ。JSL時代から比べれば、日本サッカー界の価値は年間4000倍以上にも膨れ上がったことになる。

 

 Jリーグの掲げる理念はサッカーだけが成長すればいいというものではない。

<豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達に寄与する>(Jリーグ公式サイト)

 2016年にスタートした男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」も川淵氏の存在なくしては誕生しなかった。10年にわたって対立していたNBLとbjリーグをひとつに統合した。現在3シーズン目に突入したB.LEAGUEは観客動員を延ばし続けるなど成功を収めている。サッカー界、バスケットボール界を変えた川淵氏を支えたのは、スポーツ界を変えたい、良くしたいという情熱だ。川淵氏は「ビジョンがあってのハードワーク。日本人はハードワークがあってもビジョンがないとよく言われる。いかにビジョンを持つかが大事」と熱弁を振るった。

 

 川淵氏は昨年12月に82歳となったばかりだが、その情熱は衰える兆しを見せない。現在は日本トップリーグ連携機構の会長を務めており、サッカーやバスケットボールに限らず、その他の競技に対しても意見を求められる立場だ。

「少しでも競技団体が良くなればいいと思っている。損得は関係ない。元気な間はとことん日本のスポーツ界を変える努力をしていきたい」

 

 スポーツ界を変えたいという思いは、花田氏も同じだ。「日本がスポーツ大先進国になって欲しいと思います。ヨーロッパに行くとスポーツ選手の契約金が目立ってしまいますが、政治的にも地位が高いんです。そんな日本になっていて欲しい」と口にした。花田氏は昨年12月の講義後に提出した学生たちのレポートを手に取り、「1枚ずつ拝見して、それぞれの方がそれぞれに考え方があって、ひとつの夢が埋まっているなと実感しております。ゆっくり全部読ませていただきます」と神妙に語った。

 

(写真:昨年12月に続き登壇した花田氏。相撲への強い思いを改めて口にした)

 花田氏は前回の講義で「日本相撲界のイノベーション」をテーマに相撲界を統括する中央競技団体の設立、セカンドキャリア制度の確立の必要性を訴えた。昨年9月に引退届を提出し、日本相撲協会から離れたが、相撲への熱い思いまでは失っていない。

「私は引退した身ですが、土俵は日本の精神の文化として残っていて欲しい。裸足で鍛える文化がなくなるのは、健康面においてもお子さんの育成に関しても良くない気もします。以前、川淵さんが『足腰が強い人は精神も強くなる。柱が太くなる』とおっしゃっていたことがあります。私もその通りだと思います。簡単なことではありますけど裸足で土を掴む。そこで冷たさがわかり、家に上がったら板の間、絨毯の上で足が温かいと感じる。そんな単純なところではありますが、大事なことだと感じています。だから精神的な文化として土俵は、この国の津々浦々に必ず残っていって欲しいと願うばかりです」

 

 また川淵氏は花田氏に苦言を呈することも忘れなかった。Jリーグ、B.LEAGUE誕生の陰には自らを支えてくれた仲間や部下の存在が大きかった、自らの経験談を述べた後で花田氏に「親方に共鳴する仲間をいかに増やしていくか。今は極端言えばゼロ。ゼロの中でどう増やしていくか。相撲界を変えられる力になると思います」とアドバイスを送った。川淵氏の話に耳を傾けていた花田氏は「理念と手段の違いありますけど、理念とは一言では語れないものだと思います。その人が生きてきた道のり、育ってきた環境。そこで受けた教育。社会に出て覚えていく礼節。そこから理念というものができてくると思います。手段とは生活していくための金銭などです。家屋や食を得るためには最低限の手段が必要であるのは間違いありません。しかし理念が後になってしまい、手段が先になってしまうと目標に達成しにくい気がします」と語った。

 

(文・写真/杉浦泰介)