7月5〜14日、10日間にわたって、韓国・仁川で行なわれた世界車椅子バスケットボール選手権(男子)。予選グループを2勝4敗とし、決勝トーナメントに進出することができなかった日本は、9−10位決定戦でコロンビアを下し、9位という結果に終わった。しかし、決して世界に後れをとっているわけではない。ベスト8に残る実力もチャンスも十分にあった。では、なぜ勝ち上がることができなかったのか。今大会で日本に突き付けられた課題、そして得られた手応えとは――。
 連敗で露呈したスタミナ不足

 2年後に迫ったリオデジャネイロパラリンピックの出場枠がかかった今大会、日本は初戦でオランダを62−51で破り、好スタートを切った。強豪ひしめく世界選手権やパラリンピックでは、初戦を取ることは決して容易なことではない。2005年から代表入りしているC藤本怜央は、こう語る。
「世界大会で白星発進したのは、僕が代表入りして初めてのことだと思います。それだけ日本のレベルが上がっている証拠。フィジカル的に上回る海外勢に対して、ボールサイドと(逆側の)オフサイドのバランスやタイミングを駆使したり、相手のディフェンスラインを崩した状態をつくったうえで攻撃をしかけるなど、日本の組織力が十分に通用していることを示すことができたと思います」

 しかし、日本は翌日のスペイン戦での敗戦を皮切りに、同じアジア勢のイラン、韓国戦をも落とし、3連敗。結局、2勝4敗でグループ5位となり、4位にまで与えられる決勝トーナメント進出には、あと一歩のところで届かなかった。エースでキャプテンでもある藤本はこう語る。
「オランダ戦で行なったバスケを、2試合、3試合と続けることができませんでした。1試合の中においても、前半のいいかたちを、最後まで維持することができなかった。逆に相手は後半にしかけてきた。そうすると、相手にアジャストするのに精一杯の状態だったんです」

 だが、決して完敗だったわけではない。スペイン、イラン、韓国には内容的には、実力差はほとんどなかった。特にイラン、韓国戦においては、十分に勝つことのできた試合だった。イラン戦は、第3クオーターまで56−47とリードしながら、第4クオーターで26点という大量失点を喫し、逆転負け。さらに韓国戦では31−25で前半を折り返したものの、第3クオーターで24失点。結果的に58−60と1ゴール差での敗戦となった。では、なぜリードを守ることができなかったのか。実は、この敗北にこそ、日本が今後、強化していかなければいけないヒントが隠されていたのである。

 トップの条件は層の厚さ

 今大会を振り返り、HC、選手、スタッフたちが一様に課題に挙げたのは、「後半での弱さ」だった。そして、その弱さの要因はスタミナにあった。「イラン、韓国戦を落としたのは、実力や戦略ではなく、完全にスタミナの問題でした」と及川晋平ヘッドコーチ(HC)。スターティングメンバーへの負担が予想以上に大きかったのだ。

 実際、3試合を終えた時点でのスタメンの1試合における平均出場時間を見てみると、次のようになる。
G豊島英 36分26秒
PF千脇貢 37分05秒
藤本 37分05秒
G/F香西宏昭 39分59秒

 5人のうち実に4人が、36分以上、ほぼフル出場している状態だったのだ。「決まったメンバーではなく、チーム全員で40分の試合時間をシェアして戦わなければ、勝ち上がることはできない」。及川HCはそのことを痛切に感じた。これは日本に限ったことではなく、実は世界の車椅子バスケの潮流と言っても過言ではない。

 例えば、イラン戦について、豊島はこう語っている。
「相手は3クオーターまでにメンバーをどんどん入れ替えて、4クオーターでも主力の力が残っている状態でした。一方の日本は、スタートのメンバーでずっと押し切ってしまった。最後に体力面での差が出たことが敗因だったと思います」

 イランのみならず、今大会でベスト8に進出したチームのほとんどが、エース頼りではなく、次々と選手を入れ替え、常にフレッシュな状態でプレーしていたのだ。そのため、1試合平均の得点ランキングを見ると、ベスト5は全員、決勝トーナメントに進出できなかったチームの選手だった。つまり、それだけトップチームの得点源は特定の選手に固執することなく、多岐にわたっていたということだ。

 C宮島徹也は世界と日本との違いについて、こう語る。
「トップのチームは誰がコートに出ても、まったくレベルが落ちないんです。それでいて、メンバー構成によって違うバスケをしてくるので、こっちはアジャストするのが難しかった。一方、日本は藤本と香西の2人が中心。でも、それだけでは世界には勝てない。僕らベンチメンバーがもっと個々の力を上げて、誰が出ても勝ちにつなげられるようにしないといけない。そのためにも、HCから信頼されるような選手にならないといけないと感じました」

 世界は群雄割拠の時代へ

 特に今大会は出場チームがこれまでの12から16へと変更されたことで、おのずと試合数が増え、競争が激化した。その中で、限られた人数で戦い続けることは、これまで以上に過酷となった。そのことに気づいた及川HCは、大会後半はいかにスタメンを休ませることができるかに注力した。

「最後はやはり藤本と香西だということに変わりはありません。でも、フィニッシュの段階で2人がスタミナを使い切った状態では何もならない。リードしていれば逃げ切る、ビハインドなら追いついて勝ち切るためには、そのフィニッシュまでにどうつないでいくかが重要です。そのためには12人誰がコートに出ても安定して力を発揮できるようにしなければならない。そのことに気づかせてもらいました」

 一方、その気づきによって、及川HCはチームの手応えも得ている。それはベンチメンバーの準備力にあった。
「途中から選手を入れ替え始めたのですが、どの選手も不安や迷いなく、思い切りプレーしてくれました。試合に出場していない時も、きちんと準備をし続けてくれていた証拠です。いや、本当にすごいなと思いましたよ。自分が現役時代を思い返しても、なかなかできることではありませんからね。いいメンバーがそろったな、と改めて頼もしさを感じました」

 さて、世界はというと、ロンドンパラリンピック以降、それまでのカナダを頂点とした構図は今や崩れ去っている。主力2人が抜けたカナダが予選で敗れ、今大会に出場していないことからも、それは明らかだ。今大会優勝の豪州、準優勝の米国が頭ひとつ抜け、それに続くのが英国、トルコといったところだろう。とはいえ、上位国に絶対的な強さがあるわけではない。米国は予選グループでイタリアに黒星を喫し、そのイタリアや成長著しい英国に僅差で勝利し、豪州にも善戦したトルコは、今大会11位だったドイツには土をつけられている。

 それは、日本もしかりである。「これまでは日本が普通にやれば、勝てるチームはいくつかあったんです。そのひとつが、コロンビア。でも、今はそんな余裕はありません。今回の9−10位決定戦を見てもわかるように、油断をすれば、負けてもおかしくない相手になってきているんです」と香西。日本が勝利した9−10位決定戦、前半でリードをしていたのはコロンビアだったのだ。まさに、群雄割拠の時代に入ったと言えよう。

 こうした世界情勢を踏まえ、小川直樹強化指導部長は日本についてこう語る。
「正直言って、世界のトップ12チームくらいまでは、どこと対戦しても混戦を強いられるほどのダンゴ状態になっていると思いますね。もちろん、日本もそのステージにはしっかりと踏み入れていますし、実力的にはベスト8に入る実力を持っていると感じています。しかし、それを実現するためには、12人どのメンバーが出ても、レベルを保つことができなければいけません。今大会を見ても、力が拮抗しているだけに、クロスゲームが多い。最後に勝ち切るだけの粘りを出せるか、なんです」
“全員バスケ”――日本が進むべき道は、今、はっきりと見えている。

 引き継いだロンドンのレガシー

 今大会、日本は16チーム中9位という結果に終わった。しかし、チームは誰も下を向いてはいない。確かに、突き付けられた課題を克服することは決して容易ではない。それでも自分たちのバスケが世界に通用するという手応えを感じているからだ。そもそも、日本代表の選考合宿を重ね、現在のメンバーに決定したのは昨年9月。そして、チームづくりに着手したのが同年11月である。つまり、及川体制となって1年未満なのだ。
「1年も経っていない中で、これだけ世界と渡り合うことができたんですから、選手たちは自信を持っていい。まだまだ未完成のチーム。だからこそ、伸びしろは大きいと思っています」と及川HC。指揮官に落胆の色は、一切見えない。

 選手側もまた、同じ認識でいることは、チーム最年長のF森紀之の言葉からも明らかだ。
「自分たちのバスケが世界に通用すると感じていますし、こうしないと世界には勝てないということは明確になっています。ただ、まだまだばらつきがあって、徹底されていない。このチームは成長途中の段階にあると思っています」

 今年10月には、来年のリオデジャネイロパラリンピックアジア・オセアニア地区予選の前哨戦ともいえる、アジアパラ競技大会が同じ仁川で開催される。「韓国とイランとは、接戦になると思います。そこでいかに勝ち切ることができるか。特にイランには昨年の世界選手権予選、そして今回と連敗を喫しているので、アジパラでは絶対に勝ちたい」と豊島。チームは既に前に進み始めている。

 今大会の取材を通して、一番に感じたことは、HC、選手、スタッフ……全員が共通した認識を持ち、同じ方向へと向いている、ということだ。それだけチームがひとつになっている証だろう。ロンドンパラリンピックではアシスタントコーチを務めた及川HC。現在のチーム状態の良さには、ロンドン時代のレガシーがしっかり残っていることが挙げられると語る。

「(前HCの)岩佐(義明)さんがチームに植え付けた “走るバスケ”は、今でもしっかりとあります。私にHCが替わってからフルモデルチェンジをしているわけではなく、トランジションの速さ、常にゴールを狙う姿勢など、岩佐さんが築かれたものをいかしながらのマイナーチェンジをしているだけのこと。その証拠に、今のチームも速攻が多いんです。アシスタントコーチ時代、岩佐さんとはたくさん話をしたし、いろいろと教えてもらいました。いい引き継ぎができているからこそ、今のチームがあると思っています」

 及川体制となって、9カ月。課題が浮き彫りとなった今こそ、成長のチャンスだ。来年のパラリンピック予選に向け、チームには今、いい風が吹いている――。

(文・写真/斎藤寿子)