お家芸復活を図る日本の男子柔道に新たなスターが現れた。高藤直寿、21歳。昨夏、ブラジルのリオデジャネイロで開催された世界選手権で男子60キロ級を初出場初優勝。同階級を日本人が制したのは、五輪3連覇を果たした野村忠宏以来だった。世界の強豪を豪快に投げ飛ばした技は「高藤スペシャル」と呼ばれ、2年後のリオ五輪へ期待は高まっている。8月のロシア・チェリャビンスクでの世界選手権で連覇を狙う若き柔道家に、二宮清純がスペシャルの極意を訊いた。
(写真:身長は160センチと小柄。「幼児体型なんで、もっと体を鍛えないと」と笑う)
二宮: 高藤さんといえば、何といっても高藤スペシャル。自分の中でコツをつかんだのはいつ頃でしょう?
高藤: 去年の世界選手権でもチラチラ出せたんですけど、ちゃんとモノにできたと感じたのは、その後の(優勝した)グランドスラム東京ですね。

二宮: あれだけ相手を投げるには背筋や腹筋も必要だと思います。高藤スペシャルを繰り出す上で大切なポイントは?
高藤: う〜ん。僕の中では感覚でやっているので、どう投げたのかは細かく覚えていないんです。意識しているのは、相手の動きに合わせて、どうすれば背中がつくか。そのかたちになったら、「入ろう」と思う前に自分の体が先に動いていますね。もちろん、コツやタイミングも重要ですが、これを言葉で説明するのは難しい。

二宮: となると、相手の動きを利用して自然と体が反応しているだけで、それほど投げるイメージではないと?
高藤: そうですね。技に入った時はものすごく持ち上げているので、すごく力が入っているように見えるのでしょうが、自分の中ではほとんど筋肉を使っている感じはありません。相手の背中をつけるための最低限の動きしかしていないんです。

二宮: 4月の全日本選抜体重別で初優勝した際も、高藤スペシャルが炸裂しました。1回戦からフロントスープレックスのような抱分で一本勝ち。決勝でも石川裕紀選手を腰に乗せて派手に投げ飛ばしました。
高藤: 石川さんは(東海大の)先輩。不用意に組んできてくれて、入りやすい間合いだったんです。まぁ、技に入った時は一本取れるかなと思っていたのですが、うまく逃げられちゃいましたね(判定は技あり)。

二宮: 入りやすい間合いとは具体的には?
高藤: 奥襟をとられて頭が下がると組み負けたように見えるのですが、そこを利用して入るんです。相手は組み勝っていると思うので、「投げられはしないだろう」と油断が生じる。そこを殺気を感じさせずにスッと入っていくんです。

二宮: 相手に有利な体勢と思わせて、それを逆手にとるわけですね。
高藤: 僕は身長が低くて、もともと奥襟をとられやすい。それがイヤだったので、どうするかを考えました。(足取り禁止の)ルール改正もあって得意のすくい投げもできなくなったので、腰を持って投げる方法をいろいろ試していく中で、相手に奥襟をとられて抱き合った時に?これならできるかも”という感覚が身につきました。

二宮: 高藤スペシャルが、これだけ広まると相手も警戒してきます。やりにくさを感じることは?
高藤: でも、相手が警戒する分、自分も投げられにくくなりました。奥襟を不用意にとらなくなってきたので、僕にとってはリスクが少なくなる。その分、こちらから違う技が出せますから幅が広がりました。
(写真:座右の銘は「信念」。常に目立って勝つことを目指す)

二宮: まだまだ高藤スペシャルは進化の途上だと?
高藤: はい。高藤スペシャル自体、こう投げるという決まった型があるわけではないんです。相手の動きに合わせて、いかに背中をつけるかという技なので、何をもって完成なのかは自分でもわかりません。進化させようという特別な意識はありませんが、これまでも変化してきたように、これからも変わっていかないとダメだと感じます。

二宮: 型がないというのは、言い換えれば、どんな状況にも対応して技を出せる。これが高藤スペシャルの真髄なのかもしれませんね。
高藤: そうかもしれません。周りがいくら高藤スペシャルと言っていても、あまり自覚はないんです。本当にこんなので名前がついていいのかなと思いますから(笑)。

<現在発売中の小学館『ビッグコミックオリジナル』(8月5日号)に高藤選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>