(写真:ツーシーム、チェンジアップも上質だが、今のデグロムの高速スライダーには一見の価値がある Photo By Gemini Keez)

 マックス・シャーザー(ナショナルズ)、ジャスティン・バーランダー(アストロズ)、クリス・セール(レッドソックス)、コリー・クルーバー(インディアンズ)……。MLBの現役ベストピッチャーといえば、ますはそういった名前が出てくるのだろう。

 

 しかし、メッツの大黒柱ジェイコブ・デグロムも忘れてはいけない。昨季ナ・リーグのサイ・ヤング賞を受賞後ですらも依然として知名度は最高級とはいえない右腕は、現在は歴史的とも思えるピッチングを続けているのだ。

 

 4月3日のマーリンズ戦では7回3安打無失点に抑え、自己最多の14奪三振で今季2勝目を挙げた。これで今季は2試合でまだ1点も許しておらず、合計13イニングで24奪三振。昨年5月18日以降に続けてきた連続クオリティスタート(6回以上で自責3以下)も26まで伸ばし、ボブ・ギブソンが1967~68年に記録したメジャー最長レコードに並んだ。

 

 昨季のデグロムは打線の援護がなかったために10勝9敗に終わったものの、1.70という見事な防御率を残した。先発した29試合連続で3失点以下。そういった支配的な数字が評価され、史上最小の勝利数でサイ・ヤング賞を受賞するに至った。その勢いに衰えは見られず、今年もとてもつもない成績を残しそうな予感を漂わせている。

 

(写真:仲の良い同僚、シンダーガードとの2枚看板はメッツの武器だ Photo By Gemini Keez)

「やっていることは歴史的だし、それを可能にするためにはとてもつもない武器が必要だ。今のメジャーでも最高級の球を投げていると思う」

 メッツのミッキー・キャラウェイ監督はインディアンスの投手コーチ時代にはクルーバーを指導した経験もあるだけに、その言葉には説得力がある。

 

 デグロムの持ち球の中で、最も注目すべきは高速スライダー。100マイル近い速球と同じ軌道で打者に迫り、手元で横滑りする。この切り札は3日のマーリンズ戦では最速95マイル、平均球速93.5マイルを記録した。

 

 同僚ノア・シンダーガードが投げる100マイル超の速球のような迫力こそなくとも、デグロムのスライダーの効果はそれ以上。打者に尋ねても、多くが“アンヒッタブル”と口をそろえる。今季が進むにつれて、この球は一見の価値がある球種として話題を呼んでいくかもしれない。

 

 グッデンと比較される存在

 

(写真:デビュー当初に注目されたのはマット・ハービー<左・レッズ時代>だったが、今では立場が完全に逆転した Photo By Gemini Keez)

「メッツのエース(=デグロム)はこれまでほんの数人しか到達していない稀有なゾーンに入っている。まるで1985年のドワイト・グッデンのよう。あの年のグッデンは24勝4敗、防御率1.53で、そのマスターピースを目撃するために両親にケーブルTVに加入してくれと懇願せねばならなかったんだ」

 ESPN.comのデビッド・ショーエンフィールド記者のそんな芝居がかった比較も、今ではそれほど大げさとは思えなくなった。

 

 筆者のある知人は、ここで名前が挙げられた1985年のグッデンこそが“史上最高のピッチャーだった”とかつて断言していた。当時のグッデンが投じた高めの速球は浮き上がるように見えたほどで、“絶対に見逃すべきではない”と感じられたという。

 

 筆者個人としては、ピーク時のペドロ・マルチネスが最高のピッチャーだったと感じている。今のデグロムはまだその域にいるとは思えないが、とてつもないレベルで投げているのは間違いない。特筆すべきは、現在30歳にして依然として精度と迫力が増しているように思えることだ。

 

(写真:普段は物静かだが、内に秘めた闘志にも定評がある Photo By Gemini Keez)

 デグロムは大学までは遊撃手だったというユニークなキャリアで、メジャーデビューは25歳と遅かった。一昨年まではシンダーガード、マット・ハービー(現エンゼルス)の影に隠れ、メッツ内でもどちらかといえば見過ごされている印象もあった。

 

 しかし、遅れてきた右腕は昨季のサイ・ヤング賞で全国区になり、今季開幕前に5年1億3750万ドルの新契約をゲット。心技体が充実し、金銭的にも報われ、現在まさに最高の日々を過ごしている。特にニューヨークの人々は、目の前で展開されている快刀乱麻を見逃すべきではないだろう。

 

 グッデン、ペドロが証明した通り、歴史的なピークパフォーマンスは得てして長続きはしないもの。だからこそ、家族とチャンネル権を争ってでもデグロム登板日にはメッツ戦にチャンネルを合わせるべきである。すごい記録、数字を叩き出すのを目撃できるからというだけではない。そのピッチングを見たことを、後のベースボールファンにしばらく自慢できることになるかもしれないからだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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