8月25日からロシア・チェリャビンスクで柔道の世界選手権が開催される。男女合わせて金メダル1個のみに終わったロンドン五輪から2年、昨年の同選手権で金3つを獲得し、復調気配をみせた日本柔道がその流れを、さらに加速させられるかが焦点となる。この春、全日本柔道連盟では体制強化へ2人の金メダリストを強化委員に任命した。バルセロナ五輪で男子71キロ級を制した古賀稔彦氏と、同78キロ級で優勝した吉田秀彦氏だ。古賀氏は女子、吉田氏は男子を担当する。道場「古賀塾」で10年以上にわたってジュニアを中心に指導し、現在はIPU環太平洋大学女子柔道部の総監督も務める古賀氏に、二宮清純がお家芸復活に必要な要素を訊いた。


二宮: ロンドン五輪での不振や、その後の指導中の暴力問題もあり、「日本柔道の危機」との声を数多く耳にします。古賀さん自身はどう感じていますか。
古賀: 柔道自体のレベルでいえば、僕は昔より確実に日本も上がってきていると思いますよ。だけど、それと試合に勝てるかどうかは違う。特に大きな舞台で戦うときに、日本の選手は自らを表現する力が足りないと思うんです。海外の選手たちからは、「オレの柔道はこうなんだ。オレを見てくれ、評価してくれ」というものが見ていて伝わってくる。でも日本の20代の選手たちは、まじめで一生懸命なんだけど、自己主張が不足してますね。

二宮: いい意味で、「自分がナンバーワンでオンリーワンだ」という気持ちがないと大事な試合では勝てないと?
古賀: そうですね。練習も静かで淡々とやっているだけ。集合をかけても皆、返事もせず、黙って集まるんです。そういうところからも気迫を感じない。だから、試合で負けているのに、何とか挽回しようとする姿勢が見えないんです。こんな状態だと、いくら練習で技を磨いても、それを一発勝負の本番で出し切るのは難しいのではないでしょうか。

二宮: 五輪で3連覇を果たした野村忠宏さんは、試合前、鏡を見て戦う目をしているかを確かめて畳に上がっていたといいます。ロンドン五輪で唯一の金メダルを獲得した松本薫選手も“野獣のような目”が話題になりました。ただ、近年の選手は全般的におとなしい印象を受けます。
古賀: まぁ、これは時代背景もあるでしょうね。「感情を表に出してぶつかりあうのはカッコ悪い。みんなで仲良く楽しくやりたい」という若者の意識が選手にも影響を与えている。学生柔道を見ていても、これから戦う相手なのに、普通に会話しているからビックリします。試合後も負けたのに、その選手と話をする。互いに傷つかないようにしているみたいに映りますね。

二宮: 勝つか負けるかの世界なのに、馴れ合いが生じていると?
古賀: いくら科学的トレーニングが発達したり、ビデオで相手を研究する技術が上がっても、「何が何でも勝つ」という気力なしに世界では勝てません。ライバル選手がケガしたら、心の中では喜んじゃうくらいの勝ち気がなければトップには立てない。僕なんか、自分が勝つためだったら、他の階級では日本人が負けたっていいと思っていましたからね(笑)。

二宮: そこまで思っていたんですか!
古賀: あまり日本人が勝ち過ぎると、審判も無意識のうちに、「簡単に金メダルを獲らせるな」と日本人に対して判定が辛くなる。勝手な思い込みかもしれませんけど、それなら他の日本人は負けてくれたほうがいい。自分に不利な要素はひとつでも少ない方がいいですからね。

二宮: 柔道は最終的には1対1の勝負です。最近の代表は全員で他の選手を応援したり、仲がいい。一体感があるといえば聞こえはいいですが、もっと自分が勝つことだけに集中するような選手がいてもいい、というわけですね。
古賀: 1匹狼が少なくなりましたね。皆と群れで動いていると安心ですけど、畳の上では誰も助けてくれない。最終的に勝負で勝つのは1匹狼なんです。でも、今の社会ではそういう1匹狼的な存在は認めらない。“室内犬”ばかりが集められている感じがします。

二宮: チームジャパンでサポート体制も充実していることが、そのまま個々の能力を高めているとは言えない面もあると?
古賀: はい。最近の代表はすごいですよ。相手の特徴を研究して映像でまとめるだけでなく、選手の心を奮い立たせるイメージビデオまでつくるんです。その選手が試合前に見たら気持ちが高ぶるような内容で、合宿中から練習で頑張っている姿をずっと撮影している。それに結構な予算を使っているんですよ(苦笑)。少々、過保護なのは否めませんね。

二宮: なるほど。だから室内犬というわけですね。
古賀: 餌から何から与えすぎてしまって、自分たちで獲物を捕ってこようという野性味が薄れてしまっています。これでは勝つためには何をすべきか、自分で考えて行動する習慣がつかない。だから、皆、まじめで一生懸命なんだけど、個性が出てこないんです。

二宮: その個性をいかに引き出せるかが指導者には求められていると?
古賀: そうですね。ただ、最近は指導者も無難にやろうとしすぎる傾向があります。昔のように厳しくとも、ひとつの技を徹底して叩き込むという師弟関係はなかなか生まれてこない。強烈な先生がいて、その下で技を極めて強くなるというより、学校や企業がいい選手を集めているから強いだけという感じになってしまっています。

二宮: 古賀さんには強化委員として、ぜひ代表選手の個性を引っ張り出してほしいものです。
古賀: でも代表のコーチ陣も、それぞれの所属先の指導者もいる。むやみに口出しすると、かえって選手は迷惑に感じるでしょう。これは柔道界全体の問題ですが、代表のコーチ陣も皆、所属先がある。だから、他所属の代表選手を指導するのは、どうしても遠慮してしまうんです。

二宮: 本来は代表監督やコーチ陣は全柔連の専属で、代表の指導に専念すべきでしょうね。
古賀: そうなんです。もし代表に本腰を入れて指導するなら、無所属になって全員を平等に見る立場にならないといけないでしょう。その上で、選手と信頼関係を築き、一歩も二歩も踏み込んで個性を引きずり出すつもりで取り組むことが求められるでしょうね。

<現在発売中の『第三文明』2014年9月号でも、古賀氏のインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>