(写真:とよさきトライアスロンで力走した谷選手)

 いよいよ2020東京オリンピックまで460日余り、パラリンピックまでも490日少々と迫ってきた。報道でも、恒久施設建設などの話から、大会スケジュールや観客輸送などより具体的なフェーズに入っているのが見てとれる。大会を準備する方もそうなら、そこで戦う選手たちの準備も佳境。特に道具を使う選手にとっては、準備がデリケートな部分であると同時に、パフォーマンス向上のポイントにもなる。だからこそ、丁寧なテストが繰り返されている。

 

 パラトライアスリートの谷真海選手にとっても、様々なトライアルを行う大切な時間。残された時間との戦いだ。谷真海選手は、走り幅跳びで3度のパラリンピックに出場し、結婚、出産を経てトライアスロンに挑戦。4度目のパラリンピックを新しい競技で目指している。東京大会誘致の最終プレゼンでのスピーチなど、オリパラの顔と言っても過言ではない存在ではあるが、競技の世界はそれだけで出場できるような甘いものではない。それを十二分に分かっている彼女は、2年前から懸命に取り組み世界を相手に戦えるようになってきた。

 

 しかし、その矢先に自身の障害カテゴリーが東京大会で採用されないことが決まり、一時は競技への情熱を失うほどに落ち込む。その後、障害カテゴリーの合併により参加の可能性はつながったが、自身より軽い障害カテゴリーの選手と競うことを求められる。つまり今までよりも数段に進化した走りが必要で、その道は簡単ではない。

 

 水泳が苦手ではない彼女にとって、最もてこずったのはバイク。ほとんど経験のないところからのスタートで、最初は操ることさえままならず、「速くなる」以前の問題だった。そこは彼女の持ち前の運動センスと努力である程度克服できてきたのだが、難しいのは義足と健足との差が出てしまうことだ。当然のことなのだが、左右差を揃えるには技術はもちろん、体幹の使い方や筋力なども必要になり簡単なことではない。

 

 さらに道具のセッティングも通常とは異なるので、時間をかけて取り組んできた。その成果もあり、ようやくきちんとバイクを乗りこなせるようになっていたのだが、先述のカテゴリー編成変更もあり、さらなる挑戦に挑むことになった。それは、すべての競技を同じ義足でこなすということだった。

 

 すべてはタイム短縮のため

 

 通常、バイクで使う義足とランで使う義足は使い分ける。なぜなら求められる要素が全く違うからだ。バイクは力をダイレクトに伝えるための義足。ランは着地の振動を和らげ、推進力に変えるためバネのような機能の義足が求められる。なので、種目切り替え時に通常であればシューズを履き替えるところで、義足も交換。それは世界のパラアスリートにとってもスタンダードなのだ。

 

 しかし、付け替える分だけ手間がかかることになり、時間も余分にかかる。タイムを縮めるために同じ義足でこなせるようにしようという挑戦である。

 

 言うのは簡単だが、実際にやろうとすると機能も違うし、自転車のセッティングも違う。かなりの大工事になることは想像できたので、昨年までは取り組むことに尻込みしていた。でも、もうそんなことは言ってはいられない。“これで30秒が削りだせるのであれば取り組もう”とチャレンジが始まったのだ。

 

 ラン用の義足は角度も違い、長さも異なる。どうやってフィットさせるのかは、義足の問題でもあり、バイクのセッティングの問題でもある。つまり義足の技術者、バイクメカの専門家、動きを分析するトレーナーなど多くの専門家が知恵とアイディアを出しながら進めないとたどり着かないゴールである。そして国内ではもちろん前例はないし、海外でも現状では2選手だけが取り組んでいるという現状。ほぼ未知へのチャレンジとなる。

 

 冬の間に様々なトライアルを経て、今シーズンの初戦である沖縄での「とよさきトライアスロン」が実戦デビューとなった。前日にも丹念につなぎの練習をして本番を迎え、確実な手応えはつかむことができた。「これは使えるかもしれない」、本人はもちろん、スタッフの間に期待が膨らむ。ただ、たった1回の実戦では確証はないし、まだ課題があるのも確か。さらなる改良が必要だ。

 

 次戦は、5月のITU world Triathlon Series 横浜大会。この大きな舞台の緊張感の中で使いこなせれば本物だ。横浜まではあと1カ月、そしてパラリンピックまで16カ月。
 谷真海選手の挑戦は続く。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月に東京都議会議員に初当選。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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