関東大学選手権大会で準優勝、関東大学リーグ戦と全日本大学選手権大会(インカレ)の2冠を達成した東京医療保健大学女子バスケットボール部。2018年度のシーズンも主役となることが予想された。台湾・台北でのユニバーシアード競技大会の銀メダルメンバーである当時3年生の藤本愛妃に対する期待も当然高かった。しかし、彼女を待っていたのは――。

 

愛媛新聞社

 

 

 

 

 負傷による戦線離脱

 

 春の関東大学選手権は優勝した筑波大学に敗れ、5位に終わった。雪辱に燃える秋のリーグ戦だったが、アクシデントが彼女を襲う。開幕から4戦目。3連勝後に迎えた松蔭大学との試合だった。

 

 以下は藤本の回想――。

「残り、2点ビハインドでスローイン。コーチが私のところでシュートを決める指示をした。いつもマークが付くはずが、なぜかフリーになった。逆に力が入ってしまって、シュートを決め切れませんでした。残り0.2秒でマイボールのスローイン。また私のところで点を取る作戦でした。その時は気持ちを全く切り替えられてなくて、“やめて”と思っていたほどでした」

 

 結局、再びシュートを放ったものの彼女の弱気がボールに伝わったのか、ネットを揺らすことなくブザーを聞いた。「その後に疲労骨折が見つかり、最悪の抜け方でした」。痛みを抱えていた左足が悲鳴を上げた。これまでのダッシュやジャンプ、ストップや着地で負担をかけていたのだろう。距骨の疲労骨折。藤本は戦列を離れざるを得なくなった。

 

 大きなケガは高2以来だ。

「高校の時は今以上、チームに必要な選手ではなかった。だからチームのことはそれほど考えられていませんでした。自分自身の焦りばかり。でも、この時は自分よりもチームのことを考えていました。“迷惑をかける”という思いが強かったですね」

 

 入学後は主力としてプレーしてきた藤本にとって、コートから離れるのは久々のことだった。試合に出ることは当たり前ではない。「チームをサポートする側の視点で見ることができました」。よりチームへの感謝の思い、責任感を持ってプレーするようになったという。

 

「どういう状態であれ、出るつもりだった」。インカレには何とか間に合わせた。リーグ戦は3位。チームは無冠のままシーズン最後の大会に挑むこととなった。「関東大学選手権、リーグ戦も優勝できずに迎えたのですごく不安でした」という藤本だが、「試合を重ねるごとに自信をつけていった」と勝ち上がることで調子を上げていった。

 

 指揮官が認める成長

 

 そして準決勝の相手は白鴎大学。インカレは決勝、準決勝、準決勝と3年連続で大会終盤に対戦している。「自分たちの中でも負けたくない思いが強いチーム」(藤本)。セネガルからの留学生シラ・ソハナ・ファトージャを擁する白鴎大。190cm近い大型センターにボールを集めて得点を量産していた。

 

 マッチアップするのは藤本だ。パワーと高さに押され、何度も得点を許した。最終的なスタッツは藤本が17得点4リバウンド1ブロックに対し、ソハナは26得点23リバウンド6ブロックと圧倒された。だがバスケットは個人戦ではない。藤本は自らの数字にもこだわりつつも、チームの勝利を最優先にしている。

 

 勝利に繋がるビッグプレーも見せた。4点リードの残り40秒、敵陣でボールを奪われ、速攻を食らった。ダッシュで追いかける藤本は相手より先に飛びプレッシャーを与える。シュートが放たれたタイミングでボールを左手で弾く完璧なブロックショット。藤本本人は「“やばい”と思っていて必死でした。会心ではない」と振り返るが、ここで決められていれば勝敗の行方は分からなかった。

 

 追いすがる白鴎大を東京医療保健大が振り切った。こぼれ球を拾い、ボールをキープする藤本。そしてブザーが鳴った。80-77で東京医療保健大が勝利し、3年連続の決勝進出、連覇へと王手をかけた。ライバルを倒し、勢い付いた東京医療保健大は続く愛知学泉大学を下した。インカレ18度の優勝を誇る強豪相手に85-76で破った。藤本は14得点9リバウンドで、日本体育大学以来15年ぶりの連覇を達成した。

 

「去年はなかなか結果が出せず、プレッシャーがある中で勝ったのでホッとしたという気持ちが強いです」と藤本。指揮を執る恩塚亨ヘッドコーチ(HC)は大会を通じて彼女の成長ぶりを実感したという。

「準決勝はミスした後にシュートブロックした時の瞬間的な反応、“絶対決めさせない”と走って戻る気持ちを出してくれた。決勝では激しいプレッシャーに対し、フラストレーションが溜まる中、自らをコントロールして強くプレーする姿を見せてくれました。“素晴らしい選手になっているな”と感じました」

 

 切磋琢磨してきた妹の存在

 

 元プロ野球選手の父、元バレーボール全日本代表の母。藤本は何かと両親を引き合いに出されることが多いが、妹・愛瑚の存在も大きい。小中高までは藤本と同じ道を辿っていたが、桜花学園高を卒業後はWリーグの名門JX-ENEOSサンフラワーズに入団した。開幕戦でデビューを果たし、スリーポイントも決めた。プレーオフファイナルでも出場機会を得た。「妹は小学生の頃から『JOMO(JX-ENEOSの前身)に入る』と言っていました。それを叶えているので“すごいな”と思います」

 

 妹・愛瑚は「ユニバーシアードや大学で活躍している姿が刺激になっています」と語れば、「妹は桜花学園でも中心選手でした。アンダー世代の代表に入っていましたし、“私も負けられないな”と思っていました」と答える。年齢は2歳違うが、切磋琢磨してきた。かつてはケンカが耐えない姉妹だったが、今では自慢の妹だ。

 

 大学卒業後は妹と同じWリーグに進むつもりだ。父・俊彦は「好きなことを仕事にしてお金をもらう。これがひとつのゴールだと思っています」と言う。自らもプロの世界に身を投じた1人。「決めたんだったら、最後までやり遂げろ」。そう教え込んだ2人娘がバスケットを生業にしようとしている。

 

 その前に藤本は高い頂きを目指す。4月から最上級生となり、大学最後のシーズンを迎えている。4月27日から第53回関東大学選手権大会がスタート。東京医療保健大は5月5日から登場する。

「昨年は自分たちの学年4人がスターターでした。周りからは“優勝候補”として見られるかもしれませんが、そのプレッシャーをエネルギーに変えて頑張りたい。トーナメントから優勝して圧倒的に勝ちたいです」

 

 キーナンバーは“3”

 

 狙うは関東大学選手権、関東大学リーグ戦、インカレの3冠だ。インカレは3連覇が懸かっている。

 

 4月に測った身長は182cmまで伸びていた。5番(センター)、4番(パワーフォワード)を主戦としている藤本だが、将来的には3番(スモールフォワード)も視野に入れている。彼女が「普段もバスケットでも一番仲良くしてくれました。人間的な部分、プレーでも尊敬している。一番身近な存在で目標にできる人」という桜花学園時代の先輩・馬瓜エブリン(現アイシン・エィ・ダブリュ・ウィングス)は5番から4番、そして3番に転向した。

 

「いずれはA代表に入りたい」と考える藤本。16年のリオデジャネイロオリンピックで日本代表はアテネ大会12年ぶりの出場を果たした。

「この時にはアンダー世代の代表に入っていたので、“全く関係ないものではないな”と明確に目指すべき目標になりました」

 

 自らのレベルアップのために目下、練習中なのがスリーポイントシュートだ。日本代表のトム・ホーバスHCはどのポジションの選手にもアウトサイドシュートの精度を求めている。それは日本代表の主力であるフォワード宮澤夕貴、センター渡嘉敷来夢(いずれもJX-ENEOS)もスリーポイントを磨いていることからも明らかだ。アウトサイドのシュートは体格で劣る日本女子バスケットが世界と戦うための術である。

 

「昨年のユニバーシアードを経験したHCからは『次はスリーも打てるようになっていた方がいい』と言われ、トムさんも『センターもスリーを打てないとダメだ』とおっしゃっていました。A代表を目指すなら必ず身につけないといけないスキル。ポジションは関係なくスリーポイントは打てないといけないと思っています」

 

 シュートエリアが広がれば、スコアラーとしての藤本の引き出しは増える。「まずはミドルショットぐらいの確率に上げたい。今はまだ届かせるのでいっぱいいっぱいなんです」。その精度が上がれば、彼女の得点力という武器に磨きがかかる。

 

 日本代表のアシスタントコーチも兼務する恩塚HCは、藤本のポテンシャルを買っている。それゆえに求めるものは高い。

「高いパフォーマンスを発揮すること。そしてそれを長く持続すること。彼女はもっと出せる気がします。それぐらい素晴らしい選手だと思っています。よりハングリーになってほしいし、すべてを支配するようなレベルの選手だということを自覚してプレーしてほしい」

 

 今はまだ代表候補にも選ばれていない。だから藤本は来年の東京オリンピックでの代表選出を口に出すことはない。母・美加は2度のオリンピックを経験している。「決めたんだったら、最後までやり遂げろ」と父に教えられ、「納得するまでやり切らないと気が済まない」という彼女の到達点はどこなのか。その成長過程を見てみたいと思わせるプレーヤーである。

 

(おわり)

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藤本愛妃(ふじもと・あき)プロフィール>

1998年2月11日、徳島県徳島市生まれ。小学3年でバスケットボールを始め、6年時には全国大会で3位に入る。小松島中学3年時には全国中学校体育大会に出場した。名門・桜花学園高校進学後、数々の全国大会優勝を経験。東京医療保健大学進学後は1年時から主力としてプレーする。2年時に関東大学リーグ戦と全日本大学選手権大会(インカレ)の2冠達成に貢献した。同年夏にはユニバーシアード競技大会の日本代表に選ばれ、50年ぶりの銀メダルを獲得した。3年時はケガに苦しみながらもインカレ2連覇に導く活躍を見せた。身長182cm。

 

(文・プロフィール写真/杉浦泰介、写真提供/東京医療保健大学)

 

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