昔はまったく苦にならなかった。というか、その方がドラマチックな感じがして、むしろ好きだったぐらいかもしれない。実際、W杯メキシコ大会予選の北朝鮮戦は、降りしきる冷たい雨の中、田んぼのようなグラウンドで行われたが、だからこそ原博実の決勝点は生まれた。スタンドの大半を占めた在日コリアンの存在感に脅えながら、ずぶ濡れになってサポーター同士抱き合ったことは今でも忘れられない。

 

 だが、年齢を重ねるにつれ、雨の中での観戦は次第に億劫になってきた。自分だけならまだいい。もし子供にサッカー観戦をせがまれ、しかしその日が豪雨だったら、二の足、三の足を踏むこと確実である。家族の楽しい思い出をつくるために、雨のサッカー場は最上の場所とは言い難い。

 

 以前は、欧州でも雨の日に観戦すればずぶ濡れになるのは当然のことだった。だが、いまやイングランドやドイツでは、雨に打たれることのできるスタジアムの方が少数派になりつつある。観客にできる限りの快適性を、という考えに基づき、多くのスタジアムで屋根が設置されているからである。

 

 天然芝のグラウンドを基本とするサッカーの場合、屋根の設置による日照時間の減少が問題だった。いくら観客に快適性を提供するためとはいえ、選手の仕事場が荒れてしまっては元も子もない。天候に関係なく集客をしたい運営側からすれば、苦しいところだった。

 

 そんなジレンマを解消したのが、実はある日本企業だったことを先日知った。

「ちょっと面白い会社があるんです。今度遊びに行きませんか?」

 

 かれこれ30年近い付き合いになる元ガンバ大阪の木場昌雄さんに連れられていったのは、大阪に本社を持つ太陽工業(株)という会社だった。東南アジアのサッカーに精通している木場さんは、タイに支社を持つこの会社とつきあいがあるのだという。

 

 なぜ太陽工業がクラブのジレンマを解消したのか。それは、この会社の作っているのが「膜」だったからである。

 

「従来の屋根と違い、我が社の作る膜は光を透過します。そこが大きかったようですね」

 

 広報の方の説明を聞いて得心がいった。最近は、東京ドームの天井のような、白い膜のようなものを屋根にする欧州のスタジアムが増えた気がしていたが、それらはほとんど、太陽工業の製品だというのである(ちなみに東京ドームの天井も)。

 

「膜構造の建築物は柱のない空間を作れますし、経済的、工期的にみてもメリットが大きいんです」

 

 だからだろうか、太陽工業の膜は新設スタジアムだけでなく、改装という形でも使われている。ローマのスタディオ・オリンピコなどがその典型である。

 

 ちなみに、今週末のCL決勝が行われるマドリードのワンダ・メトロポリターノの屋根も、太陽工業製のもの。観客が雨に打たれる心配はない。

 

 世界最高の技術を持つ会社がありながら、いまだ屋根のないスタジアムが珍しくない日本。

 

 もうすぐ、梅雨の季節である。

 

<この原稿は19年5月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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