9月27日に開幕するアジア競技大会(韓国・仁川)。男子マラソンは最終日の10月3日に行われ、日本からは川内優輝(埼玉県庁)、松村康平(三菱重工長崎)が出場する。近年は低迷が続く日本男子マラソン。五輪は1992年のバルセロナ大会、世界選手権では05年のヘルシンキ大会以来、表彰台に上がっていない。現状を打破するために日本陸上競技連盟は、マラソンナショナルチームを発足させた。92年の世界選手権東京大会で金メダルを獲得するなど、世界との戦い方を知る谷口浩美に、二宮清純がマラソン界の課題について訊いた。
二宮: 今年4月に日本陸上競技連盟がマラソンナショナルチームを発足しました。今まで各選手が、個人やチーム単位でやっていた強化を、代表として集まり、定期的に練習しようという新しい取り組みです。谷口さんはどう思われますか?
谷口: 実は僕が現役の頃にも似たようなことはありました。1997年の世界選手権アテネ大会の前です。その前年に招集し、オーストラリアのシドニーで合同合宿をやりましたね。

二宮: 今回のナショナルチーム設立は、情報の一元化や一体感を増そうという狙いではないかと思われます。個人やチームが主体の強化がベースなんでしょうが、それに加えて、代表の一体化を図る。マラソンは個人競技である反面、国際大会では代表3人ぐらいのチームスポーツという面もあります。ナショナルチーム発足の効果は?
谷口: どうでしょうかね。僕は反対するわけではないんですが、要は選手がどう勉強するかだと思うんですよね。“あなたは誰を目指しますか?”という問いに答えられるのか。やはり憧れがいないといけない。選手が“この人を追いかける”と思うようなスター選手の存在が必要です。

二宮: 明確な目標が必要ということですね。
谷口: チームを組んでも、どんぐりの背比べではダメ。誰かが突出しているから、“あの人はどんな練習をしているんだろう?”と、強さの要因を探ろうとするのであれば、それはプラスだと思うんです。あとは、やはり長距離の指導者は、僕も含めて、海外を知らない人が多い。

二宮: それはどういった意味で?
谷口: 指導者の多くが、ほとんど日本でやってきて、国内で対抗し、外国人を日本で迎えて試合をしているんです。例えば全然知らない国外の大会に行き、日本人がほぼ自分だけしかいないとか、そういう環境に身を置くべきです。身のまわりの生活から、どうすべきかを考え、実践する。時には怖い思いをするかもしれませんが、そういうことをしない限りは、やはり勝とうとか、強くなりたいという気持ちも湧いてこないのではないでしょうか。

二宮: それは指導法も均一化しているということなんでしょうか?
谷口: 今の指導者は、自分で探求して強くなったという人がいないからだと思います。たとえば瀬古俊彦さんを育てた中村清さんは、僕が知る限り中距離の選手でしたが、本を読んだりして、どんなトレーニングがいいかを考えてやらせていました。他にも旭化成の宗さんたちが128キロ走っていたと知ると、中村さんは瀬古さんに「お前も走れ」と言ったこともあると聞きました。相手に勝つためには、それ以上のことを、こちらがやらなければいけないんです。

二宮: なるほど。お互いが切磋琢磨していたと?
谷口: はい。しかし、今は情報がマニュアル化しているというか。全部同じようなことをやっている。“これをやっておけば戦えるだろう”という勘違いをしているんじゃないかなと思うんですよね。

二宮: 男子マラソンは「冬の時代に入った」とも言われていますが、谷口さんご自身は、この先、オリンピック選手を育てたいという目標はありますか?
谷口: 今はもう、そういう立場にはいないんですが、こういった取材などで情報を発信し、それを現場の人たちがどう捉えてくれるか。僕は、指導者が選手とともに同じ釜の飯を食べながら成長していくというやり方がいいと考えます。そういう時代が来ないかぎりは、なかなか頂点に立つことはできないと思うんですよね。僕もそういう方法論を聞いて、それにチャレンジし、ある程度やってきた。ただ、長距離はスタートしたら、ゴールするのは自分だけなんです。

二宮: レース中は誰も助けることはできませんもんね。
谷口: 準備は監督、コーチ、周りの人のおかげですが、結果を出すことついては、自分が最終的にゴールまでレースをつくり上げていかなければいけない。僕はそういうやり方でした。マラソンをやることは、自分をアピールする近道だと思って走っていましたね。

<現在発売中の『第三文明』2014年10月号でも、谷口浩美さんのインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>