(写真:今後数カ月間、ヤンキースの先発投手たちに熱い視線が注がれる Photo By Gemini Keez)

 かつて“悪の帝国”と呼ばれた頃のヤンキースは、毎年のようにシーズン中の大型補強で大物選手を獲得したものだった。今季のように優勝が狙える位置につけているシーズンならなおさら。そんなチームのヒストリーを振り返れば、今夏も誰かを手に入れると考えたファンが多かったのは当然だろう。

 

 今季のヤンキースは7月終了時点でア・リーグトップの高勝率を残し、東地区首位を独走中。どこからでもホームランが飛び出す強力打線と役者揃いのブルペンは健在で、このまま2012年以来の地区優勝を飾る可能性は高い。

 

 ただ、当初から懸念材料と目されてきた先発投手陣はやはり万全とはいえず、先発の平均防御率4.77はリーグ17位。ルイス・セベリーノはケガでリハビリ中で、CC・サバシアも故障がち。ジェームズ・パクストン、J.A.ハップの両左腕も精彩がなく、最も安定していた田中も7月は防御率8.77と崩れるなど、首脳陣を安心させるには至っていない。

 

 ヤンキース先発投手陣の成績(7月31日時点)

             先発 勝利 敗戦 防御率

 田中          22  7  6  4.78

 パクストン         18  5  6  4.72

 ハップ         21  8  6  5.19

 ドミンゴ・ヘルマン 17  13    2  4.08

 サバシア        17  5  6  4.78

 

 

(写真:抑えのチャップマンを軸とするブルペンに疲れの蓄積はないか Photo By Gemini Keez)

 この状態ではブルペンに負担がかかるのは当然。アロルディス・チャップマン、アダム・オッタビーノ、ザック・ブリットン、トミー・ケーンリーは揃って自己最多に近いペースで登板数を増やしており、夏場を過ぎたあたりで徐々に疲れが出ても不思議はない。こういった状況ゆえに、トレード期限には先発、リリーフのいずれかでテコ入れがなされると思われたのだった。

 

 補強候補として、マディソン・バムガーナー(ジャイアンツ)、ノア・シンダーガード(メッツ)、マーカス・ストローマン(ブルージェイズからメッツに移籍)、トレバー・バウアー(インディアンスからレッズに移籍)といった実績ある先発ピッチャーの名も挙がった。いずれかを手に入れれば、インパクトの大きな補強になっていたはずだ。

 

 しかし――。故ジョージ・スタインブレナーの生前ならほとんど信じられないことだが、ヤンキースは動かなかった。

 

「必要なものは揃っている」

 

 リーグ最高勝率を争うアストロズが元サイ・ヤング賞投手のザック・グレインキー、同じニューヨーク市内のメッツもストローマンを獲得するなど、一部のライバルたちが補強をまとめたのを横目に、メジャーの25人ロースターに変更はなし。これでヤンキースは今季後半戦、そしてプレーオフを、基本的に現有戦力のままで戦い抜くことになった。

 

(写真:ジャッジを中心とする打線の破壊力は抜群ではあるが Photo By Gemini Keez)

「動かないことが最善の策だった。買い手は時に高額を支払わなければならないときがあるのはわかっているが、今回はコストが高すぎた。今後、負傷者のリハビリが終わり、スター選手たちが戻ってきて、可能な限り最高のチームになることを願っているよ」

 31日のダイヤモンドバックス戦後、ブライアン・キャッシュマンGMはトレードを自重した要因としてコスト(=交換要員)の高さを挙げ、同時にチーム内の故障者たちのカムバックを期待する言葉を残していた。

 

 マーケットに出ている選手たちには、多くのプロスペクトを放出してまで手に入れる価値はないと判断したということ。そして、GMの言葉通り、現在IL入りしているセベリーノ、デリン・ベタンセス、ジョナサン・ロアイシガは後半戦のどこかで復帰が可能になる。特に元オールスタープレーヤーのセベリーノ、ベタンセスが復帰すれば投手陣は分厚くなるはずだ。

 

 もっとも、今季はまだ1戦も投げておらず、しかも大事な肩を痛めている2人に過剰な期待は禁物か。だとすれば、トレード期限にまったく手を打たなかったことはやはり一種のギャンブルにも思えてくるのだ。

 

(写真:2年前のプレーオフでの田中の快刀乱麻はいまだに鮮明だ Photo By Gemini Keez)

「チャンピオンになるために必要なすべてのものが、このロッカールームの中に揃っている。トレード期限が終わり、前に進んでいく準備はできているよ」

 トレード期限が無風のまま過ぎ去った後、アーロン・ブーン監督はそう語って今後に自信を見せていた。指揮官の意気込みに応え、メジャー最高級の名門は大事な時期に調子を上げられるのか。苦手のレッドソックス以外には優れた成績を残している田中、今季限りでの引退を表明しているサバシア、能力自体はエース級のものを持つパクストンは先発投手陣を支えられるか。中でも2年前のプレーオフでは圧倒的な力を発揮した田中にかかる期待は大きくなる。

 

 まずはシーズン終盤の戦いぶりに注目。そして、ワイルドカードあがりの“チャレンジャー”だった過去2年と違い、今季プレーオフでのヤンキースは必勝のプレッシャーを背負う可能性が高い。シーズン半ばから独走した後で、ワールドシリーズに進まなければ“失敗”とみなされる久々の秋になるはずだ。

 

 そんな楽しみな季節に何が起こるか、もちろん誰にもわからない。だからこそ興味深い。現時点ではっきりしているのは、9~10月、ニューヨークに近年でも最もエキサイティングな戦いが戻ってくるということだけだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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