「プロになったばかりの頃は大会で、ずっと手が震えていました……」

 意外な言葉を発したのは、日本人2人目の女性プロゲーマーたぬかな(本名:谷加奈)だ。2016年11月に発足した大阪を拠点にするプロeスポーツチームのCYCLOPS athlete gaming(CYCLOPS)の初期メンバー。人気格闘ゲーム『鉄拳』をプレイするeスポーツのプロプレイヤーなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 eスポーツとは、「electronic sports(エレクトロニック・スポーツ)」の略である。パーソナルコンピューター(PC)ゲーム、家庭用ゲーム、モバイルゲームの電子機器を用いての対戦をスポーツ競技として捉える際の名称だ。プロプレイヤーともなれば、個人にスポンサーが付く。eスポーツが盛んな国では年収数億円を稼ぐプレイヤーもいるという。今年7月には世界大会で300万ドル(約3億2600万円)もの賞金を手にした者もいた。

 

 冒頭の言葉が意外だと感じたのは、彼女のプレイスタイルは強気の攻撃型だからだ。たぬかな自身も、その強気を売りにしている。

「たとえばこのゲームは、強くなればなるほど“これをされたら怖い”と怯えちゃうことがあるんです。だから強い技でもリスクがあり、そのために出せないというケースが上にいけばいくほどある。私はそういうことにあまりビビらず大会でも技を出します。元々、勝ち気な性格です。いろいろなところで、ビビらずに好きなことをやっていけるのが強みかなと思っています」

 

 CYCLOPSのチームメイトで、同じく初期メンバーのどぐら(本名:野崎良)は、格闘技ゲーム『ストリートファイター』『ドラゴンボール』シリーズを主戦場とする。彼にたぬかなの長所を聞いても「負けん気の強さ」という言葉が出てきた。

「彼女の良さは負けん気の強さが一番。あとは真面目ですね。負けた原因をきちんと探し、周りの人間の言うことも聞ける選手です。それに練習熱心。なぜなら絶対に練習しないとできないテクニックを見せることがあるんです。前と違うことができるようになり、そのことを指摘すると『練習したんです』と答えることもしばしあります。できないことや苦手なことにも、しっかり向き合っている印象はありますね」

 

 手の震えの原因は敗戦への恐怖というより、責任感と置き換えることができる。「元々は緊張しないタイプ。それまでは背負うものがなかったので、緊張もしなかったのだと思う。ところがプロになり、社名を背負うから緊張するようになりました」。当初は重圧が彼女を飲みこもうとしていた。

 

 たぬかなは今年でプロ3年目を迎えた。「緊張も慣れです」。そう微笑む彼女は、もうコントローラーを握る手は震えない。“ゲームを楽しむ”という感情は薄らいだ。今はプロとして、仕事として向き合っている。

 

 喜びと戸惑い

 

 eスポーツへの注目度は年々高まっている。競技に関わるニュースを目にする機会、耳にする機会が増えてきた。日本国内では今年開催の第74回国民体育大会「いきいき茨城ゆめ国体」で文化プログラムの特別競技としての実施が決まり、その認知度も高まってきている。ついには昨年度の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補に「eスポーツ」がトップ10入りを果たした。

 

 昨年3月にはJリーグがeスポーツの大会を開催。プロ野球界も参入するなど、国内メジャースポーツ競技団体とのコラボが目立つ。プレイヤーを育てる専門学校があれば、eスポーツ部のある高校も存在する。高校生、大学生限定の大会が開催されるなど、着々と広がりを見せている。

 

 たぬかなもeスポーツにおける環境の変化を実感している。

「元々、eスポーツという言葉が日本に広まる前からやっていましたので、一番変化は感じていますね。認知度が上がったおかげで、競技のことを知ってもらえることが増えました。まだ“そういうのもあるよね”程度ではあるのですが、理解されてきているのは嬉しいです。否定から入られることも少なくなったので、以前より過ごしやすくなりましたね。もうゲームセンターに行っているというだけで非行少女扱いされていたこともありましたから」

 

 eスポーツは2024年パリ五輪で正式種目採用の可能性もあると言われている。アジア競技大会では昨年のインドネシア・ジャカルタ大会で公開競技として実施された。2022年の中国・杭州大会では正式競技として採用される見通しだ。

 

 目まぐるしく変わる環境に、彼女は本音を吐露した。

「最初は趣味で、ただただゲームをやっていました。しかし今は仕事になり、アスリートとして扱われる。そこに戸惑う部分はまだありますね」

 

 たぬかな自身、幼少期からゲームの世界に親しんでいた。とはいえ、その時、既にプロゲーマーやeスポーツプレイヤーの道を目指していたわけではない。まだ日本で「eスポーツ」という言葉がそれほど認知されていない時代である。彼女は『鉄拳』シリーズ第1作が販売される前の1992年、四国・徳島県で生まれた。たぬかなのルーツは彼女が育った谷家にあった。

 

(第2回につづく)

 

たぬかな プロフィール>

1992年11月21日、徳島県徳島市生まれ。本名は谷加奈。CYCLOPS athlete gaming所属、日本国内2人目の女性プロゲーマー。父親の影響で小さい頃からゲーム好き。高校時代から『鉄拳』をプレイし始める。建築、アパレル勤務を経て、16年11月、CYCLOPS athlete gamingに入団。17年5月、Combo Breaker 2017で3位入賞を果たした。MBS『YUBIWAZA』に準レギュラーとして出演中。鉄拳シリーズでの各タイトル段位はBR紅蓮/タッグ鬼神/7聖帝/FR煌帝。使用キャラクターはリン・シャオユウ。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

 


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