たぬかな(本名:谷加奈)は高校卒業後、建築系の企業に就職した。業務に追われる日々。仕事終わりに格闘ゲーム『鉄拳』シリーズをゲームセンターでプレイするのが楽しみだった。しかし、約1年後に彼女は無職になった。なぜなら社長が夜逃げし、会社が倒産してしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

 生計を立てるため、いくつかアルバイトを始めた。そのうちアパレル系の会社で正社員となった。仕事が変わっても、ゲームは続けていた。前職ではなかなかゲームに充てられなかった時間も、会社が理解を示してくれた。有給休暇を取り、大会やイベントに出場した。実力をつけ、経験値を積み重ねていった。

 

 その名を上げていく中で、国内外のイベントに呼ばれようになった。「プロというのは、たぶんこういうことをしていくんだろうなと思っていました」。プロになる前から、たぬかなはプロになるイメージを描けていた。

 

 2016年秋、大阪を拠点とするプロeスポーツチーム『CYCLOPS athlete gaming』が発足した。たぬかはな当時23歳。その初期メンバーの募集を知った彼女に迷いはなかった。

「仕事がうまくいっていたので“辞めるのはもったいないかな”とは思いました。でも私は県外へ出てみたかった。“プロになりたい”というよりも“今まで自分がしてきたことを無駄にしたくない”との気持ちが強かったんです。だから1回、チャレンジしないと“絶対後悔する”と」

 

 父・幸治はプロゲーマーの道を進むことに肯定的ではなかった。

「遊びでやっているうちは楽しい。でもメシを食うとなったら、つらいことがむちゃくちゃあると思ったんです。“中途半端な気持ちで行ったらつらいぞ”とは伝えました」

 今ほど「eスポーツ」が世に出回っていない頃である。ゲームに親しみがあるとはいえ、諸手を挙げて賛成するというわけにはいかなかった。

 

 だが、簡単に引き下がるような娘ではない。当時のことを父・幸治は、こう振り返る。

「希望に満ち溢れていました。ここから先に起こることがすごく楽しみなようでした」

 目を輝かせる娘を引き留めることはできなかったという。まずは半年限定のチャレンジということで、首を縦に振った。

 

「やれるだけやってみろ」

 

 プロになりたいからと言って、誰もがなれるわけではない。たぬかなはCYCLOPSの“入団テスト”を受けなければならなかった。1次審査は書類選考。自らのゲームプレイ動画と、大会の実績などの経歴を送った。2次審査は面接、3次審査は実技である。その手応えは十分だった。

「面接の時点で、“たぶん受かる”と。なぜかというと、他の応募者が私よりゲームの全国ランクが下だったことと、女性なので話題性もあったからです。そのときは自分が女性であることを最大限に生かそうと思っていましたから。それに面接の時、営業の方と『ピンクのユニフォームを作ろうか』という話にもなりました。“これはいけたな”と」

 したたかと言えば、したたかだが、冷静に自己分析をできているとも言えるだろう。

 

 その読み通り、晴れて合格した。たぬかなはCYCLOPSに入るため、生まれ育った徳島を離れ、大阪に拠点を移した。同期入団のどぐら(本名:野崎良)はプレイするゲームタイトルは違うが、同じ格闘ゲームをメインとする。当初どぐらは、たぬかなに「人気やビジュアル先行型のプレイヤーもいる。“実力はどうなんだろう?”と思っていました」との印象を抱いていたという。「でもフタを開けてみたら、この子はちゃんと強いんだなと感じましたね」

 

 プロ1年目の17年5月に格闘ゲーム世界大会『Combo Breaker 2017』で、鉄拳部門の3位入賞を果たした。本人にも思い出深い大会だった。

「プロに入って、初めて大きな世界大会で表彰台に上がることができました。周りからは祝福してもらいましたし、“ちゃんと強いんだな”と実力を認められた瞬間でした。翌日、アメリカのヤフーニュースでも取り上げてもらいました。この大会で結果を残すまでは、全然勝てなかった。“これでやっと一歩踏み出せたな”と思えたんです」

 

 父と約束した半年を過ぎても、プロとして生活することができた。CYCLOPSと契約を更新し、2年目を迎えた。ところが、順風満帆な競技人生とはいかなかった。

 

 遊びだったゲームは、eスポーツという仕事になった。「楽しむということはあまりないです」。大会に限らず、イベントや取材と人前に出る職業だ。外野からの心ない言葉に傷つくこともあった。“プロの洗礼”のひとつと言えるかもしれない。一時は、引退を考えたこともあったという。実際、2年目の秋に実家へ帰り、父親に相談した。

 

 今度は父・幸治が背中を押した。

「やれるだけやってみろ」

 父からのエールに、たぬかなは再びこの世界を生きることを決意した。

 

「1、2年目は激動過ぎてあまり記憶がないんです」

 それだけ無我夢中に走り抜けてきたのだろう。そして3年目を迎えた彼女は新たな境地に辿り着く――。

 

(最終回につづく)

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たぬかな プロフィール>

1992年11月21日、徳島県徳島市生まれ。本名は谷加奈。CYCLOPS athlete gaming所属、日本国内2人目の女性プロゲーマー。父親の影響で小さい頃からゲーム好き。高校時代から『鉄拳』をプレイし始める。建築、アパレル勤務を経て、16年11月、CYCLOPS athlete gamingに入団。17年5月、Combo Breaker 2017で3位入賞を果たした。MBS『YUBIWAZA』に準レギュラーとして出演中。鉄拳シリーズでの各タイトル段位はBR紅蓮/タッグ鬼神/7聖帝/FR煌帝。使用キャラクターはリン・シャオユウ。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

 


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