(写真:死闘を制し、モハメド・アリトロフィーを獲得した井上)

 7日、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級トーナメント決勝を兼ねたWBA・IBF世界同級王座統一戦がさいたまスーパーアリーナで行われた。WBA・IBF王者の井上尚弥(大橋)がWBAスーパー王者ノニト・ドネア(フィリピン)を判定で下し、WBSS王者となった。井上はWBAを3度目の防衛、IBFの初防衛に成功。WBC世界バンタム級王座統一戦は暫定王者の井上拓真(大橋)が正規王者ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)に判定で破れ、昨年末に獲得したベルトを失った。

 

 まさに死闘。どちらに転ぶかわからないファイトだった。リング上での濃密な36分間を終えると両者は抱き合った。

 

(写真:ゴングが鳴り、抱き合う2人。互いへのリスペクトが垣間見えた)

「自分には見てみたい景色が山ほどある」

 そう2日前に話した井上尚が、バンタム級の頂に立った。団体の垣根を越え、階級の世界最強を決めるWBSS。バンタム級のシリーズは昨年10月にスタートした。

 

 WBSSのカレ・ザワーランドプロモーターが「階級にかかわらず、この2年で世界を一番震撼させたボクサー」と評したように、井上尚は“バンタム級最強”を決める戦いに挑んでから途轍もないインパクトを残している。

 

 神奈川・横浜アリーナでの初戦は元WBAスーパー王者フアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)をわずか70秒で仕留めた。今年5月、イギリス・グラスゴーでの準決勝では無敗のIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)に2ラウンド1分19秒TKO勝ちである。

 

 さいたまスーパーアリーナでの決勝は5階級制覇を成し遂げた現WBAスーパー王者ドネアが相手だ。井上尚も「憧れ」と公言するフィリピンのスーパースター。“モンスター”の気合いが入らないはずがない。WBSSの締めくくりとしては「一番の理想」(井上尚)である。

 

(写真:2万人を超える観衆の大歓声に迎えられた井上陣営)

 入場曲はロックミュージシャンの布袋寅泰が提供。代表曲で映画『新・仁義なき戦い』で使用されている『BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY』をスペシャルバージョンにした『バトル・オブ・モンスター』で井上尚は入場した。WBA、IBF、そしてリング誌認定のベルトを従え、堂々と特設ステージへ向かった。

 

 調子の良い井上尚は1ラウンド目から鋭いジャブで機先を制した。しかし、「見たい景色が山ほどある」と言っていた彼の視界が曇り始める。2ラウンド、ドネアの左フックをもらい、右目の上をカットしてしまったのだ。骨には異常がなかったものの、流血により、「ドネアが二重に見えた」という。

 

“フィリッピンの閃光”の異名を持つドネアにはフィニッシュブロー・左フックがある。井上尚が得意とする右ストレートを放つにはリスクがある。「不用意に打てない。左フックで合わせられる」。攻撃でも選択肢を狭められる窮地となった。

 

(写真:ドネアのパンチが空を斬るシーンも目立った)

 そんな中でも冷静な戦いぶりが光った。パンチを当てながら、深追いをせず相手の追撃弾を巧みなフットワークでかわした。ラウンドごとにセコンドの父・真吾トレーナーとポイントを確認。捨てラウンドを設けるなど、判定勝ちに切り替えた。11ラウンドにはアッパーからのコンビネーションで左ボディ。ドネアは後退りし、静かにうずくまった。この試合初のダウン。井上尚もラッシュを仕掛けるが倒れない。

 

 ドネアも意地を見せた。

「絶対に負けないという気持ちを感じました。効いていたとは思ったんですけど、それ以上に自分がいけない。ドネアのカウンターはもらったらヤバイというパンチも残っていた」(井上尚)

 実際にもらったパンチもあった。これだけ被弾した井上尚の試合も過去にはなかったのではないか。本人は「耐久性や打たれ強さを証明できたかな」と笑っていたが、リングサイドで見守る陣営は気が気ではなかっただろう。

 

(写真:流血しながらも攻める井上。右目の視界はぼやけていた)

 彼のこれまでの“モンスター”ぶりを物語るのは試合後の大橋秀行会長の言葉だ。

「苦しい試合展開になりましたし、パンチが効いたシーンもありました。尚弥と知り合って初めて見たシーンでした」

 それほど圧倒的に勝ってきたからだ。「この試合はとてつもなく大きな価値のある1勝」(大橋会長)。ピンチにも慌てず対処し、冷静に試合を運んだ。相手の攻撃に耐え、12ラウンドを戦い抜いたことを評価した。

 

 強い相手を追い求めてきた。強過ぎるがゆえにマッチメイクに苦しむこともあった。だからこそ激闘を終えた直後の井上尚の感想は「楽しかった」だった。「憧れ」との濃密な時間は「キャリア一番の経験」と振り返った。

 

 リング上では今後に向け、「強い井上尚弥を見せるので期待してください」とアピールした。

「来年どんな景色が待っているか楽しみ。今の気持ちはWBCバンタム級で拓真の敵討ちをとりたい」

 自身の試合前に弟・拓真を破り、統一王座に輝いたウバーリを対戦相手に希望した。

 

(写真:トップランク社のデュボフ社長<左>が試合後の記者会見に出席)

 試合後、“新たな景色の案内人”となるアメリカの大手プロモーション・トップランク社との複数年契約締結を発表した。モハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、フロイド・メイウェザー・ジュニア、オスカー・デ・ラ・ホーヤ(いずれもアメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)ら名だたる世界のスーパースターと関わってきたトップランク社。この契約は、“モンスター”の本場アメリカ本格進出を意味する。

 

「契約を結べてうれしい。これがキャリアにとってどういうことか覚悟している。来年から厳しい戦いが待っている」と井上尚。舞台が変わっても、やるべきことは変わらない。自らの価値はその拳で証明する。

 

(文・写真/杉浦泰介)