1カ月前、少なくともわたしにとって武漢の肺炎は対岸の火事だった。こんな3月を迎えようとは、恥ずかしながら、まったく予想していなかった。

 

 残念ながら、日本より1カ月かそこら先をいっている中国では、未だ終息の気配が見られていない。ということは、4月になっても、日本での騒ぎは収まっていない可能性が高いということになる。

 

 逆に、日本よりも遅れて感染拡大が始まった欧州や米国では、これから騒動が大きくなっていくとみておいた方がいい。よほどうまく感染を食い止めない限り、日本の3月は、欧米の4月か5月か、ということになる。

 

 これで、スポーツのイベントが開催できるものだろうか。

 

 先週末、ブンデスリーガでは観戦に訪れた日本人団体旅行客が試合開始15分でスタジアムから追い出されるという事件が起きた。目下のところ、このニュースはドイツ国内でも、そして日本でも「人種差別」と捉えられているようだが、追い出した側はご存じだったか否か、新型コロナウイルスは人種によって感染を「差別」していない。誰にでも見境なしに伝染していく。

 

 となれば、遠からぬうちに、世界では東洋人だけでなく、イラン人、イタリア人と思われる人たちへも「差別」は拡大していくだろう。

 

 問題は中国や日本との時間差である。

 

 仮に一足早く感染の拡大した国が、一足早く終息の時を迎えたとしよう。はっきり言えば、東京五輪の開幕を迎える7月24日の段階で、日本がウイルスとの戦いに完全勝利を収めていたとする。

 

 そのとき、世界の他の国々が同じように勝利を収めていなければ意味はない。

 

 想像していただきたい。まだ感染の終息を迎えていない国々から、多くの選手や関係者、さらには応援しようとする人たちがやってくる。日本は、いや、何を考えたか代替開催を申し出たロンドンは、そうした人たちを迎え入れることができるのだろうか。

 

 1948年のロンドン五輪は、第2次大戦の敗戦国だったドイツと日本の参加を許さなかった。同様の決断を下し、つまり感染国の選手団の迎え入れを拒否し、およそ平和の祭典とは言い難い歪なイベントを開催するのだろうか。

 

 いまのところ、IOCは予定通りに東京五輪を開催する旨を明らかにしている。だが、早い段階で劇的な状況の好転が見られない限り、東京はもちろんのこと、世界のどこであっても、五輪を開催できる状況にはないとわたしは思う。

 

 これは日本やIOCの恥でもなければ罪でもない。むしろ、何がなんでも開催を強行しようとして、東京で、あるいは世界のどこかで、感染拡大の機会をつくってしまうことの方が、よほど罪深いことではないか。

 

 五輪より一足早い6月、欧州ではサッカーの欧州選手権(EURO)が始まる。初の分散開催となる今大会の開幕戦はローマで行われる。

 

 つまり、UEFAはIOCより一歩早く、結論を出さなくてはならない。ここで出る結論次第で、東京の、いや、今年の五輪の運命も左右されるかもしれない。

 

<この原稿は20年3月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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