皆様、今月も鈴木康友コラムご覧いただきありがとうございます。世界的に猛威を振るう新型コロナウイルスは日本の野球界にも大きな影を落としています。本当ならこのコラムもセンバツや開幕戦の話題をお届けするはずでしたが、センバツは中止になり、プロ野球の開幕は延期となりました。野球に限らずサッカーやバスケットボール、ラグビーなど多くのスポーツが影響を受けています。イベントの中止が相次ぎ、何だか日本中が沈んでいる雰囲気ですね。早く野球を心から楽しめる日が来てほしいものです。

 

 閉塞感を打破するために

 センバツ中止のニュースを聞いたとき、真っ先に母校・天理高校ナインのことが頭に浮かびました。奈良県3位で出場した秋の近畿大会で優勝し、明治神宮大会ではベスト4と、新チームは戦うたびに力をつけていました。センバツの舞台でもと期待していましたし、中止と知らされた選手たちの気持ちを思うと本当に胸が締め付けられました。選手の中には涙を流す子もいたと聞きましたがそれも当然でしょう。

 

 センバツ中止決定の後、同級生や父兄、ファンの方々が天理高校野球部を励ます寄せ書きを実施しました。私も「康友さんもぜひ」と声をかけられ、メッセージを色紙とともに送りました。文面は以下のものです。

 

<天理高校野球部の皆さんへ
 日本だけでなく世界中で大変なことになっているコロナウイルス、その影響で選抜大会が中止になったことは本当に残念でなりません。私がプロ入りしてから今もサイン色紙に座右の銘として書かせていただいている「節から芽が出る」というおやさまのお言葉、解釈は少し違いますが、この春の大きな節目を乗り越え、夏の大会にはいい芽が出せるように頑張っていきましょう。>

 

 今回の中止を受け、救済策として代替大会の開催や甲子園練習の実施などを主催者や高野連が計画すると言っています。球児のために実現してほしいところですが、現実問題として日程などを考えれば難しいところもあるでしょう。選手たちの気持ちはもう夏に向いていると思います。夏の大会もどうなるのか予測できませんが、気持ちを切り替え頑張ってもらいたいですね。

 

 プロ野球はオープン戦で巨人が9連敗を喫するなど最下位でした。いつも満員の球場でやっているので無観客ではモチベーションが上がらなかったのかな、と(笑)。キャンプ、オープン戦を見ていて感じたのは山口俊の穴が意外と大きいということです。貯金を作ることももちろんですが、休まないでローテーションを埋める先発投手ほど頼もしいものはありません。山口俊はまさにそのタイプ。黄金期の西武でいえば渡辺久信もそうでしたね。菅野智之が故障がちですから、今季の巨人は先発ローテで苦労することになりそうです。

 

 それにしても開幕はいつになるんでしょうか。2週間延び、また2週間延びて、今は4月下旬の開幕を目指しています。コロナとの戦いは長期戦になると言われている中、いつまでも延期していては前に進めません。状況を見守りながら万全の対策を講じ、試合をしてみるのもひとつの手段だと思います。サーモメーターを設置し、入場制限によって観客を1列おきに配置するなど、やれることは全部やる。今、プロスポーツ界は逆風が吹きピンチの状態ですが、むしろピンチはチャンスだと。プロ野球が先頭に立って万全の対策の下で開催すれば、今の閉塞感を解消するブレークスルーになるんじゃないかと思います。とはいえ見えないウイルスが相手ですから慎重になるのは当然、日々刻々と変わる状況を見守りながらの判断になるでしょうが……。

 

 さて仮に入場制限や応援制限をして開幕したとして、そのときのプロ野球を想像してみましょうか。私は現役時代、今のような鳴り物応援が主流になる以前の球場の雰囲気も経験しています。拍手と歓声だけで、そういう中では声援もヤジも良く通るんですよ。「頼むぞー」とか、「お前、なにしに出てきてん!」とか(笑)。同じような経験はマスターズリーグでも味わいました。3万人が固唾を呑んで見守っていて、自分のツバを飲み込む音も聞こえるよな張り詰めた空気が球場を覆っていたものです。

 

 昔、後楽園球場のベンチは半地下状でした。そこから一歩グラウンドに出るとカクテル光線に照らされ、お客さんの視線が「代打・鈴木康友」に集中します。そのとき何を考えるか? まず一番に「恥をかきたくない」、そして「良いとこを見せたい」と思うんです。まあ、そのプレッシャーの大きさたるやハンパじゃありません。そこでマイナス思考になってしまうのが控え選手の悲しいところです。

 

 レギュラークラス、しかも長嶋茂雄さんや王貞治さんのようなスーパースターになると、そういう場面でグラウンドに出ても、ホームランを打って、ヒーローインタビューを受け、そして銀座で祝杯をあげる。そこまで想像しているんです。しかも失敗してもスーパースターはしれっとしています。

 

 我々、控え選手はミスなんかしたら、それこそ「これはやばい。もう明日から生きていけない」とまで思い詰めました。でも、長嶋さん、王さんなどは切り替えもうまい。コーチになってからその経験がプラスになりましたけどね。

 

 ちょっと話が逸れましたが、入場制限と応援制限をして開催する試合で、野球が変わるかもしれません。イケイケドンドンだった選手が実は張り詰めた緊張感に弱かったり、またその逆も有り得ます。そんなことを楽しみにしながら、早い段階で開幕できるように今は祈るしかありません。

 

 開幕延期といえば東日本大震災が起きた2011年を思い出します。当時、西武のコーチを務めていましたが、駅で並んでいても計画停電の影響で本数が少なく、電車に乗れないこともありました。とても野球をやるという状況ではありませんでした。車にガソリンも入れられないから球場まで自転車で行ったこともあります。車なら20分程度の距離ですが、意外と山を越えたりすることが多く、走り出してすぐに後悔したものです。

 

 今はあのとき以来の国難とも言われています。プロ野球界として何ができるのか。私もプロ野球OBとして何かできることはないのかを考えています。ひとまず最低限の感染予防対策を講じながら開幕を待つこととしましょう。皆さんも気をつけてお過ごしください。

 

<鈴木康友(すずき・やすとも)プロフィール>
1959年7月6日、奈良県出身。天理高では大型ショートとして鳴らし甲子園に4度出場。早稲田大学への進学が内定していたが、77年秋のドラフトで巨人が5位指名。長嶋茂雄監督(当時)が直接、説得に乗り出し、その熱意に打たれてプロ入りを決意。5年目の82年から一軍に定着し、内野のユーティリティプレーヤーとして活躍。その後、西武、中日に移籍し、90年シーズン途中に再び西武へ。92年に現役引退。その後、西武、巨人、オリックスのコーチに就任。05年より茨城ゴールデンゴールズでコーチ、07年、BCリーグ・富山の初代監督を務めた。10年~11年は埼玉西武、12年~14年は東北楽天、15年~16年は福岡ソフトバンクでコーチ。17年、四国アイランドリーグplus徳島の野手コーチを務め、独立リーグ日本一に輝いた。同年夏、血液の難病・骨髄異形成症候群と診断され、徳島を退団後に治療に専念。臍帯血移植などを受け、経過も良好。18年秋に医師から仕事の再開を許可された。18年10月から立教新座高(埼玉)の野球部臨時コーチを務める。NPBでは選手、コーチとしてリーグ優勝14回、日本一に7度輝いている。19年6月に開始したTwitter(@Yasutomo_76)も絶賛つぶやき中。2020年東京五輪の聖火ランナー(奈良県)でもある。


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