あるJ2の社長から聞いたことがあった。
「降格システム。これさえなければ、もうちょっと施設に資本を投下できるチームも出てくると思うんですが」
それは、なぜプロ野球の球場が日進月歩で進化しているのに、Jのスタジアムは老化、劣化していくだけなのか、との問いに対する答えだった。
聞けばなるほどと思った。降格のないプロ野球では、たとえチームが最下位に終わろうと、翌年の観客動員はある程度計算できる。逆に来年も最下位にならない限り、観客数は確実に増えることが予想される。成績を残せなかった選手のギャラは抑えられ、チームとしての収入は増加……確かに、これならば施設に投資することも不可能ではない。
だが、Jで最下位になったクラブを待っているのは下部リーグへの降格である。観客動員も、スポンサーからの資金もまず間違いなく減少する。となれば、施設を充実させることが興行にとって極めて重要だと知りつつも、来年を生き抜くための算段を考えなければならない――それが、現状におけるプロ野球とJリーグの違いだというのだ。
そもそも、わたしは降格システムをリーグを活性化する上で欠かせないものだと考えている。ただ、それはあくまでも見る側の論理であって、経営する側にとって、特にまだ基盤や施設が盤石とはいえないチームにとって、大きなネック、リスクであることも事実だろう。
そのリスクが、今年に限り、取り払われた。決断を下したJリーグに、最大級の賛辞を贈りたい。
全世界をコロナ禍が覆う中、世界中のスポーツ競技団体が四苦八苦している。感染者、死者が急増している段階で、五輪の開催時期を発表したIOCのやり方は、ひょっとすると世界中の五輪離れを引き起こす可能性すらある。喪中の家に運動会の日程を高らかに伝えにいったかのごとき無神経を、多くの人は忘れないだろうからだ。
いま、全世界から聞こえてくるスポーツに関するニュースのほとんどは、いかにマイナスやダメージを小さくするか、でしかない。だが、Jリーグの下した決断は違う。ひいき目ではなく、歴史に残る大英断だった。
今季の降格がなくなったことにより、決して少なくないクラブがシーズン終わりに大打撃を受けるリスクから解放された。大金をバラまくわけでもなく、誰かを犠牲にするわけでもなく、存亡の危機に立つ弱小クラブを救う見事な、それも世界中のまだやっていなかったアイデアだった。
思えば、国民や行政がさしたる危機感を覚えていなかった段階で、「国難」という言葉を使ってリーグを中断し、日本中にアラートを鳴らしたのもJリーグだった。コロナ禍の状況を注視しつつ、2週間ごとに判断を下していくというやり方も、早々と来年の日程を発表したIOCに比べ、個人的にははるかに受け入れやすい。
度重なるIOCのまずい対応もあってか、おそらくは歴史上初めて、五輪に対する嫌悪感が日本のみならず、世界各地で芽生えてきているような気もする。IOCのセレブたちが、その兆候に気付いていればいいのだが。
<この原稿は20年4月2日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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