東大大学院の鳥海不二夫准教授によると、「100万の統計データよりも有名人の死という一つの物語が人々の行動を変えることがある」のだという。

 

 なるほど。ただ、有名人の死よりも確実に、人々の行動を変えるものもある。

 

 先週末、ボストンに住む妹夫婦と話をした。志村けんさんが亡くなったことで日本は危機感が高まったけれど、アメリカにとってのきっかけは? と聞くと、医者をしている妹からドキッとする答えが返ってきた。

 

「身近な人が亡くなった時じゃないの?」

 

 有名人が亡くなっても呑みにでかける人はいるが、親や家族、友人を亡くした日に夜の街に繰り出す人は少ない。太平洋の向こうから伝わってくる強烈な危機感は、それだけ多くの人が感染し、命を落としているという証でもある。

 

 そう考えると、今週に入って相次いで聞こえてきた若いドクターたちの“お騒がせ”も、実は朗報なのでは、と思えないこともない。もし仮に慶応病院、京大病院に医療崩壊やスタッフ感染という事態が起きていれば、とてつもなく無神経な人間でない限り、打ち上げにいこうなどとは考えなかっただろうから。でしょ? 医者の卵の皆さん?

 

 さて、コロナ以前の世界では、一年中、地球上のどこかでほぼ間違いなくサッカーが行われていた。21世紀に入ってからは、テレビをつければ世界中の試合を観戦できるようにもなった。

 

 週に1度、30分の「三菱ダイヤモンド・サッカー」にかじりついていたのも今は昔。いつでもどこでもサッカーが見られる生活に慣れてしまった身には、だから、コロナ以降の現状が思いの外こたえる。

 

 どうやら、これはわたしに限った話ではないらしい。リーグが開催されているベラルーシには海外からの放送権買い取りの引き合いがあり、権利にはうるさいFIFAでさえ、過去の名勝負をフルタイムでネットに流し始めた。世界中が、サッカーに飢え始めている。

 

 問題は、このコロナ禍がいつ収まるか、である。

 

 IOCが夢想しているように、1年後の世界から綺麗さっぱり消え失せているのであればいい。欧州各国のリーグも再開され、世界のサッカーシーンは以前の姿を取り戻すことだろう。

 

 だが、もし長引いたら? 終息を迎える国がある一方で、闘いが長引いてしまう国が出てきたら?

 

 ドイツ・キッカー誌の報道によれば、現時点でさえ、ブンデスリーガ1、2部に所属する36チームのうち、13チームに破産の危険があるという。欧州でも屈指の経済力を持つ国の、他国に比べて格段に厳しい財政上のハードルが設けられているブンデスでさえ、である。

 

 嘘かまことか、イングランドではプレミアリーグの1部を中国で開催しては、という話もある。ほんの数カ月前、五輪を自国で開催してもいいとのたまっていた国が、そこまで立場と状況認識を一変させている。

 

 たぶん、コロナ以降のサッカーは、コロナ以前のサッカーと同じではない。世界におけるJリーグの立ち位置も、変わっていく可能性がある。そのことは、肝に銘じておきたい。

 

<この原稿は20年4月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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