達川光男といえば、多くの人は「珍プレー・好プレー」の常連というイメージが強いかもしれない。だが、広島では5度のリーグ優勝と3度の日本一を経験し、ベストナインとゴールデングラブ賞はともに3回ずつ。黄金時代の投手陣をリードした扇の要でもあった。現在は中日でチーフバッテリーコーチを務め、“ポスト谷繁”の育成に情熱を傾ける。今年、還暦を迎える達川に相手ベンチから見た古巣の印象、キャッチャーとしての必要条件を二宮清純がインタビューした。
(写真:江夏、北別府、大野、川口、津田……バッテリーを組んだ名投手とのエピソードを明かしてくれた)
二宮: 今、広島は敵チームになるわけですが、それでも古巣は気になりますか。
達川: 気になることは嘘偽りないですよ。育ててもらった球団ですから、ユニホームを見ると懐かしいし、頑張ってほしい。もちろん対戦相手として戦う時は別やけど、ひとりのOBとして、つまらんボーンヘッドをしたりすると「何しよるんや」と思う。昔はこんなチームじゃなかったんやけどな、と寂しくなることもありますね。

二宮: 中日のバッテリーコーチとして、キャッチャーを育てる立場です。やはり若手に伝えているのは広島で教わった内容がベースだと?
達川: 勝利への執念。歴代伝えられてきたカープの教えは話しとるよ。水沼(四郎)さん、道原(裕幸)さん、山中(潔)、西山(秀二)……。皆、「勝つ執念がなかったらダメ」「優勝しなかったらダメ」と言われ続けてきとったからね。古葉(竹識)さんからは「なんで優勝せないけんかわかるか?」と口酸っぱく言われてきたよ。

二宮: その答えは?
達川: 「優勝したら、裏方の隅々までが潤う」と。「オマエらはヒット打ったりすれば、個人的に潤うかもしれん。でも、球団の職員やスタッフ、その家族までが潤うには勝つしかない」。カープが独立採算の球団やったことも影響しとるんやろうけど、これが基本理念なんよ。だから、「オマエらが出すひとつのサイン、ひとつのプレーには全関係者の生活がかかっとる。それくらいの責任を持ってビシッとやれ」とよう言われましたよ。

二宮: その点が24年も優勝から見放されている広島には、最も欠けているかもしれませんね。
達川: 結果的に言えば、そうやろうね。理念がきちんと受け継がれず、勝利への執念が薄いのかもしれん。まぁ、中日の若いキャッチャー陣も一緒やけどね。まだまだ勝利へのこだわりを持って取り組まんと、(谷繁元信)監督はいつまで経っても抜けませんよ。

二宮: 相手ベンチから見て、広島の若手キャッチャー會澤翼はどう映りますか。
達川: 気が強くて勝つ執念を感じられる。バッティングも思い切りがあって、意外性もある。だけど、現実問題として勝っていないわけだから、その方法はもっと考えないといけない。確かに打てれば試合に出してもらえるかもしれんけど、最終的にキャッチャーは勝たなきゃダメ。僕も勝っていたから、古葉さんに出してもらえとったところがある。4タコでも4打数1安打でも使ってもらえた。

二宮: キャッチャーに必要なのは「勝てるかどうか」というわけですね。
達川: それが一番。勝ったら、永久に試合に出してもらえるよ。中日の若いキャッチャーも、これを意識してほしい。

二宮: では、勝てるキャッチャーになるために求められる条件は?
達川: 頭の良さが大事。やっぱり研究熱心であること。勝つためには事前の準備以外にないですよ。二宮さんだってインタビューする時には資料を集めて読むでしょう? それと一緒で、しっかりデータ収集をして試合を想定して臨む。この準備で勝負は9割決まると言っても過言じゃない。センスでやるのは残りの1割ですよ。

二宮: もうひとつ、強かった頃の広島は選手が心身ともにタフでした。連続試合出場の記録を打ち立てた衣笠祥雄さんをはじめ、野手の主力は全試合出場をするのが当たり前でした。ピッチャーも少々の連投や長いイニングを投げても崩れませんでしたね。
達川: まぁ、今は時々、休養を与えた方が、いいパフォーマンスができるというスタイルになったからね。連続出場で記録をつくるのは阪神の鳥谷(敬)が最後かもしれん。ただ、確かにカープではいいピッチャーに恵まれたという思いは強いね。先発だけじゃなく、清川(栄治)とか川端(順)とかもタフやった。そういう面では2軍での鍛え方がうまいのもカープの昔からの長所やろうね。

二宮: やはり他球団に勝るハードな猛練習が身になっていると? 
達川: キャンプでの練習も良かったからね。土のグラウンドをスパイクで走ることを徹底してやらされた。今みたいに人工芝を走るのと、土の上とでは違う。最近の選手はスパイクで走ると足が疲れるから、ランニングシューズで走るんよ。これだと筋肉の出来が変わってくる。

二宮: ソフトバンクの佐藤義則投手コーチも「下半身を鍛えるならスパイクで走れ」と言っていますね。
達川: スパイクで走ると、ふくらはぎの筋肉がつく。ここは第二の心臓と言われるくらい大事な部分です。最近の選手は肉離れが多いでしょう? 人工芝の上で、そのためのシューズを履いて練習することが多いから、いざ、試合でスピードを一気に上げた時に筋肉が悲鳴を上げてしまう。

二宮: 苦しい練習に耐えたからこそ、つかんだ栄光だったんですね。
達川: 当時は大変じゃったけど、今になってみたら、ええ野球人生じゃったね。地元の広島で15年もプレーできた。今、カープファンは異常な盛り上がりをみせとるけど、その前からずっと応援してくれとった人もいる。こんなに優勝から遠ざかって、監督もした身としては申し訳ない思いがありますよ。

二宮: 達川さんには他球団での指導経験を踏まえて、また広島に戻ってもらいたいというファンも少なくありません。
達川: いや、もう指導者は僕らより若い人に世代交代していますよ。監督も野村(謙二郎)から緒方(孝市)になって、その後は佐々岡(真司)も前田(智徳)もおる。それに僕は1回、チャンスをもらって失敗した人間。「カープでもう1回、やりたい」というのは厚かましいし、おこがましい。まぁ、仮にできるとしたら、2軍で若い選手を育ててほしいという話がきて、お手伝いするくらいでしょう。

<5月26日より発売の『FLASH』(光文社)6月9日号では達川コーチへのインタビュー記事が掲載されています。こちらも併せてご覧ください>